卒論の講評

後藤泰葉
ワーク・ライフ・バランスの決定要因

尼崎市男女共同参画課が実施した1千票以上の社会調査データを用いて「職場・家庭・地域・個人の生活」の4つから、何を優先したいかを一対比較から尺度化し、これを規定する要因を、重回帰分析を用いて探りました。女性では、ワークライフバランスで地域を優先するのはボランティア活動に熱心に参加している人たちに特徴的に見られる、ジェンダーバイアスが高いと男性では仕事優先、女性では家庭優先になる、女性では労働時間が短いほど家庭や自分の生活優先になり、長いほど仕事優先になるといった傾向が確認できました。

細川 友香理
痩せ願望および体型不安を抱くものの対人的な認知の特徴

痩せ願望は、「他者からの否定的評価の恐れ」と、友人やモデル・タレントなどの自分以外の他者との「見た目」を重視する「外的他者意識」によって規定されること、このような因果関係は女性だけに強く現れることを因果モデル分析から実証しました。計画的に研究を進めて1年間でめざましい成果をあげた研究です。

川見 文紀
防災リテラシーが「不確実な損失に対するリスク追及バイアス」に与える影響についての研究 -2015年兵庫県県民防災意識調査の結果から-

確実に出費を行ってより大きな損失のリスクに備えるか、何もしないで難を逃れるチャンスに賭けるか(賭けに負ければ、より大きな損失になる)という不確実な損失場面で、人間はチャンスに賭けるリスク追求に傾きがちになることを兵庫県県民防災意識調査結果から確認しました。そして、阪神・淡路大震災で激甚な被害を経験した人たちや、防災リテラシーの高い人たちでは、このようなバイアスが抑えられることを発見しました。

宮門和泉
両親の離婚経験をもつ子どもの健康的な自己愛についての研究

ある大学生の誕生から現在にいたるまでの貴重なライフヒストリー資料をもとに、エリクソンの発達理論とコフートの健康な自己愛理論の枠組みから、心理社会的な発達過程を実証的にとらえました。両親の離婚経験の有無にかかわらず、乳児期の祖母や叔母、早期児童期の担任教師、青年期の親しい部活の友人や恋人といった重要他者との密接な交流を通じて、健康な自己愛が形成され、青年期の発達課題が達成されてきたことを実証するなど、豊かな成果を生んだ研究です。

宮﨑哲
性の多様性とその課題に対する一提案

セクシュアルマイノリティへの社会的関心が高まる中、様々な権利拡大に向けた取り組みが講じられ始めている。しかし、当事者へのインタビュー調査で一番インパクトがあったのは、セクシュアルマジョリティの考え方の転換がないままの権利拡大は、むしろ当事者の不満を高める結果をもたらしている、という発見でした。なお当事者インタビューにあたってはLGBT研究上の倫理規範に忠実に準拠しました。

水野柚香
不登校研究に対する懐疑的視点 ―母子家庭支援居場所づくり事業での参与観察から―

これまでの不登校問題の臨床的ならびに社会学的研究が、暗黙のうちに近代家族モデルを前提としており、母子家庭の子どもの変化の過程には当てはまらないのでは、という社会学的な疑問から出発しました。精力的な参与観察を踏まえた実証的なデータをもとにした検討からは、不登校の児童・生徒の居場所モデルでの子ども変化の局面は、家族モデルとは独立して展開することが結論として確認されました。

村瀬太一
大学生の思いやり意識についての研究 ――人生満足度・心のゆとり感・家族システムの視点から―

大学生の人生満足度は、心のゆとり感と大いに関連性があり、その心のゆとりと思いやりは家族システムのきずな・かじとりに左右される。具体的には、おもいやりときずなはリニアな関係(きずなが濃いほど思いやりが高い)が見いだされ、さらに家族システムのきずなとかじとりは中庸であるほど、心のゆとりや思いやりを育むことが確認されました。次年度の家族社会学の中で是非とも紹介したい成果を上げました。

西山咲良
大学生ボランティアの満足度要因 -筆者自身のボランティア経験と15人の大学生へのインタビューからの考察-

カナダ・バンクーバーでの26日間のボランティア・インターンシップでの活動ログを分析の対象として、どのような特徴語が時間の変化に伴い出現するのかを実証的に分析をしました。その結果、「前向きの気持ち」→「後ろ向きな気持ち」→「新たな挑戦(前向きな気持ち)」→「スタッフへの感謝・好意(良い人間関係)」へと、筆者自身のミクロな社会体験が変遷されていったことを明らかにしました。このような変遷過程を踏まえて、ボランティアの満足度が「理想と現実のギャップ」、「組織・人間関係」によって左右されることを確認しています。大変に時間をかけて丁寧に取り組んだ実証研究にまとめられています。

鈴木佳菜子
鷹山の復興が与えた影響 ―ソーシャル・キャピタルに注目して―

祇園祭の山鉾の復興が、地域のソーシャルキャピタルにどのような影響を及ぼすのか、という通常とは因果の向きが逆の、面白い目のつけどころの研究です。インタビュー調査を通じて、そもそも山鉾の復興が始まる契機として豊かなソーシャルキャピタルが醸成されていたこと、これを資本として山鉾の復興の運動が起こったこと、そしてその結果としてさらなるソーシャルキャピタルの増加が生じていたこと示唆されました。通常の金銭的資本と異なり、使えば使うほど豊かになるソーシャルキャピタルの特徴がうまく捉えられた研究になっています。

田中美穂
ひとりぼっち許容度と家族意識の関連性について

直系家族<イエ>や近代家族<核家族>意識、固定性役割分業意識といったこれまでの日本の家族規範から自由である大学生ほど、個人化志向-ひとりぼっち許容度-が高くなる、という興味深い関係を発見しました。その一方、理論的には関連が想定された合意制家族意識と個人化志向との間には有意な関係が確認できず、個人化がこれからの家族モデルと結びつくには至っていない、という大変興味深い結果を得ました。

山近晴奈
同棲するカップルの結婚意欲

7人の同棲経験のある20代の女性にインタビューを行い、同棲経験が安定した関係につながるためには、家事とコミュニケーションが鍵になることを発見しました。そしてこれら2種類の行為は、道具的と表出的という2通りに理解されうること、カップル相互がその意味づけを同期できている場合には、安定的な関係-結婚意欲を低下させないこと-につながると考察しています。

山岡 奈津美
家族システムが子どもの自己評価に与える影響

大学生男女の自尊感情や自己肯定感が家族関係とどのように関係しているのかを文献展望にもとづく考察と、実証調査研究から手際よく検討をしました。その結果、大学生の自尊心は休日での父親との会話の有無が有意に関連している(母親との間には関連は見られなかった)という大変興味深い結果が得られました。自尊感情も自己肯定感も尺度の項目数を増やすことでより内的妥当性の高い研究に近づくと思います。