考察

予備調査において

我々は、今回の本調査に入る前に予備調査を行ったが、その結果はAffect, Social, Imagination, Cognitionの項目しか残らないという惨たんたるものとなった。その理由としては、前回の卒業論文での結果をそのまま利用しようとし、新たに自分達で文献を読み込んだ上での検討が足りなかったためだと考えられる。

 そのため、今回の最終調査では,BASIC-Phのそれぞれの概念に関わりのある人物の理論、及びそのキーワードについて理解を深め、Lahad,M.がそれらの様々な理論を自らの理論にどのように統合していったのか、その過程を追っていった。その上で、今回の調査の項目をどのような点に注意して作成したのかを、概念ごとに述べていきたい。

 Belief

 この項目は、前回の調査において一つも残らなかったため、概念に関わりのある人物でもあるFrankl,V.E.の収容所での体験を記した『夜と霧』を主に参考にした。

 Affect

 前回では、感情の発露のみに重点を置いて作成していた。そこで、今回は感情を表現することによって他者から受容・共感され、その結果、そういった感情を持っているあるがままの自己を受け容れることができるというプロセスを重視し、項目を作成した。

 Social

 この項目は、前回の調査において、ある程度信頼性のあるものと確認された。しかし、今回Affectの項目に、「他者からの受容」と言う要素を組み込んだため、Socialの項目では、その要素を除いた。

 Imagination

 この項目も、前回の調査で信頼性のあるものと判断されたが、今回他の項目と数をそろえるため、また多様性を与えるためにも、項目数を増やした。

 Cognition

 この項目は、前回の調査においてかなり信頼性の高いものであるという結果が出たため、あえて手を加えなかった。

 Physical

 前回では、ただ「体を動かす」という表現だけにとどまっていたが、今回は「体を動かす」事によって、ストレスに対する対処資源となっているような表現を組み込んだ。

本調査において

 今回のBASIC-Ph理論に基づく質問紙作成は、入念なプロセスを経た結果もあり、かなり有効なものを作ることができた。

 BASIC-Phの多重モデルアプローチは、様々な人間の内的資源を説明する理論である。実際には、人は社会で生きていく中で、様々な力を発揮させながら生きており、BASIC-Phのそれぞれの概念をいろいろなパターンで組み合わせて現実のストレス状況に対処していると考えられる。しかし、今回の質問紙作成は、対処のタイプを測定できる尺度にすることが目的であったので、純粋にその項目の属する概念のみと相関の高いものに絞っていき、他の概念と相関のあるものは、因子分析の時点で、削除していった。そのため、項目間での他の概念との相関は無くなったはずなのだが、それにも関わらず、上位概念のAffectSocialとの間で高い正の相関がみられたことは興味深い。Affect, Socialは、共に「人との関わり」を通して生み出される対処スタイルであるためこのような相関が生じたと考えられる。

 次に、今回の調査を通して、今後の課題を述べてみたい。今回作成した尺度は、どのようなストレス場面でも有効なものか、この尺度を利用できる対象者はどのような人達なのかが、まだ明らかではない。また、臨床の場面でこの尺度を利用した場合には、得点の高低が、必ずしも介入の必要性の有無に直結しないであろうと思われる。なぜならば、あるストレス源に対して、ストレス状態が引き起こされるまでに影響する要因は、対処スタイルだけでなく、個人の価値観や自己評価など多様なものが考えられるからである。これらの点に関しては、実際の調査を通して検証していかねばならない。また、それだけでなく、BASIC-Phの理論がどれほど有効なものなのかも同時に検証していかねばならない。BASIC-Ph理論がコーピングにおいて有効な理論であることが実際の調査で裏付けされれば、それはコーピングの研究においてかなり大きな貢献となる。

 最後に、ストレスとコーピングの研究をする際、最大の課題となるのが、その研究を通して人々のコーピング・スキルをいかに高めることができるかということである。ストレスの多い現代社会では、ストレスを恐れる宣伝が氾濫している。テレビ、ラジオ、新聞などのマスコミの情報は、現代病としてのストレスの恐ろしさを過剰に伝えすぎている。重要なことはむしろ、コーピング・スキルを考えること、向上させることなのである。刺激の少ない、ストレスのない生き方は、結局実存的欲求不満に陥らせるのみで健康に近づけない。ストレスにいかに対処するかということは、人間の生き方の一つのテクニックである。人は、日々自分の持っている「強さ」を利用して様々なストレスに対処している。よって、ストレスを過剰に怖がることより、ストレスにいかに対処するかを知り、それを活用する必要があろう。また、最近では様々な出来事を通して、ストレス場面に弱いということ、「キレる」ということについて、多様な意見が取り交わされている。しかし、それらの意見の多くは、ストレス源の追究や、その軽減の方法に終始している。それらを熟考することも重要ではある。だが、危機介入的にストレスへの対処法を提示することは、今もっとも必要とされていることの一つである。このような状況にあって、ストレスとコーピングに関する研究はより重要性を増してきている。

 いくつかの不十分な点がまだあるものの、本研究で述べたBASIC-Ph理論は、コーピング・プロセスの研究に一つの選択肢を提供している。今後、今回の反省点を省みながら、さらに一層、BASIC-Phに関する研究が積極的に行われることを望んで、本論を締めくくりたいと思う。