Y.考察
ストレス状態はストレッサーと対処資源のバランスがストレッサーの増加によって崩れることで起こる(ラザルスとフォークマン、1991)。そして過度のストレス状態が続くとバーンアウトに陥る。それを防ぐためにはストレッサーを軽減するか、対処資源を多くしなければならない。
また、生態学的な視点では、人間の側に対処能力(人間と環境との共存の能力)が弱かったり、環境に応答性が無い場合、生活ストレスが高まるが、このストレスを解消するためには、普通、自己の努力とインフォーマルな援助ネットワークにより、交互作用(transaction)の不適応問題を処理する(小島、1992)。交互作用がそれでも成り立たなければ、人は専門のソーシャルワークの援助を利用しようとするのであるが、主体を医療ソーシャルワーカーとした場合、医療ソーシャルワーカーにとっての専門ソーシャルワークの援助に相当するものは、スーパービジョンに他ならない。
本稿での調査では、前述のように、ストレッサーは個人の要因と環境の要因に大別された。しかしこの2つの要因は完全に切り離されているものではなく、交互作用しており、医療ソーシャルワーカーの側に対処の能力が弱い(性格的に融通が利かない、完全主義、きまじめなど)と環境に応答性が無い場合(資格が無く地位が低い、ソーシャルワークに対する理解が無い、社会資源が不足しているなど)、医療ソーシャルワーカーと医療現場の環境との間の交互作用が不適応状態となり、ストレスが高まるという構図が現れた。
また、対処資源においても、個人と環境の2つに分けられた。ここでも個人と環境の間には関係がある。環境の中にある対処資源は「存在意義を確認できるような他者からの評価」と「良好な人間関係」であるが、個人のカテゴリーに属する「楽観的なパーソナリティ」と「医療ソーシャルワーカーとしてのアイデンティティ」は環境における対処資源を得るための前提でもあれば、得たためにさらに強化されるものでもある。個人と環境との間にこのような良好な交互作用が行われていれば、大きな対処資源となる。
では、そこでスーパービジョンによる介入の目的は交互作用の不適応を軽減・解消、もしくは良好な交互作用を強化したり作り出したりする事になる。スーパービジョンの分野にも生態学的な視座はすでに応用されている(小島、1992)。本稿はスーパービジョンを主旨とするものではないので、それについてここでは言及しないが、この論文の主目的であるストレッサーと対処資源の分類を見ても明らかなように、生態学的な視座に立ったスーパービジョンは、現在の医療ソーシャルワーカーにとっては有効なものであると思われる。
しかし、日本のソーシャルワークの中で、最も立ち遅れている分野がスーパービジョンである(大阪医療社会事業協会新人MSW実態調査班、1997)。本稿でインタビューしたMSWの中には、対処資源に「スーパービジョン」を挙げた者はいなかった。スーパーバイザーの養成・スーパービジョン制度の確立については、今後積極的な取り組みが多くの医療ソーシャルワーカーから期待されているところである。
制度としてのスーパービジョンが整備されていない現状で、医療ソーシャルワーカーのバーンアウトを防止するためには、どうすれば良いのだろうか。ソーシャルワークの仕事自体がストレスに満ちており、仕事中心の生活をしている人とか、社会福祉の仕事を天職と心得て、重大な使命感を持っている人程ハイリスクであるというのに、ストレスそのものは自覚されにくい(黒川、1992)。伝統的に、心と体を統合的に理解する文化が無いがゆえであって、単に、一時的な体調の不調とか、習慣程度に考える傾向があるからである(黒川、1992)。普通、バーンアウトの前兆となるストレスは本人よりも先に周囲の者が気づく(窪田、1992)。周囲の者は、以下の兆候に注意をはらう必要がある(Yates,1979;黒川、1992)。
* うつ、朝起きるのが一番つらい。また一日が始まるのかと思うとゆううつである
だけでなく、仕事に取り組むエネルギーがなくなった感じがする。無気力で、何を
する気もなく、そのうえ、そんな自分をいつも責めている。
* 過食、肥満。過食であるのは、これら常時イライラした不充足感に対して、満腹
した胃は一時的に心理的満足感をもたらす。また、一時的に体内の血液を、多量に
食物消化のため胃や腸に動員しなければならない。こうすると、イライラの原因で
ある頭にのぼった血がすーっと引く。これによって精神安定効果(tranquilizing
effect)がもたらされる。
* 不眠。この問題は忙しい人に特有の問題である。夜になると、眠れなくなくて悶々
として、眠ろうとすればするほと目がさえてくるという症状である。それは、次の
日のことを心配したり、興奮したりして、身体が臨戦体制になっていて眠っていな
いからである。人は、不眠で悩むことによって、さらに精神的に自己を痛めつけ、
食欲を失ったり、イライラしたりする。また、たびたび夜中に目を覚ます回数が多
くなる、というものストレスの兆候である。これらの症状と頭痛は密接な関係にあ
るといってもよい。
* 首や腰の痛み、肩が凝るという症状である。ワーカーの中には仕事のことを考え
すぎて気がついてみると体を固くしている自分に気づくことがある。筋肉は絶えず
緊張させているとその部分は疼痛に変わる。
* タバコ・コーヒー・酒の多用。これらは最初の一服や一杯は、心をほっとさせ、
精神安定の効果がある。しかし、たとえば、タバコのニコチンは、心拍数を増大さ
せるし、血圧を高め、コレステロールやノルアドレナリンの水準を高め、体に影響す
る。
コーヒーの飲用も、含まれているカフェインによって、神経を刺激し、爽快感
をもたらすが、3杯も飲むと神経過敏となり、不眠、頭痛、手の汗をかきやすくな
るとか、潰瘍を起こさせたりする。
* 警戒知覚、情緒的に不安定であったり、不意に鳴る電話のベルの音にビクッと驚
いたり、以上に神経が過敏になっていること。あるいは、時間を以上に気にしたり、
イライラしたり、仕事に手がつかなくなったり、あるいは神経を使いすぎてパニッ
クになったりする。
* 性的能力の不能、低下。ストレスをもたらす緊急事態は、適応ホルモンを分泌さ
せ、このホルモンの一部は、脳下垂体前葉に作用し、ACTH(副腎皮質刺激ホル
モン)として消費される。そして、その量だけ、性腺刺激ホルモンはマイナスとな
る。個体保存のためにエネルギーを動員した分だけ種族保存は抑制される。そして、
性的不能はストレスの結果であるが、それ自体がまたストレスの原因となる。
とはいえ、一人職場のワーカー、独り暮らしのワーカーなど、気がついてくれる者があまりいない状況でソーシャルワークを行っているワーカーも存在しており、そのような者は精神的な疲労をフォローする資源は自分自身でしかない。そうなると、現任者訓練プログラムの中で、あるいは大学教育の中で、ソーシャルワーカーのストレス・マネジメントに関する教育を行い、ワーカー自身がストレスから身を守る術を身につけておくべきではないだろうか。
また、ソーシャルワーカーの仕事はクライエントに対する相談業務やスタッフとの連携のみではない。もう一つの重要な業務に「教育活動」がある。今回の調査で得られた対処資源の重要な概念「存在意義を確認できる体験」はこの「教育」に関係している。あらゆる場面で、ソーシャルワーカーは医療現場でソーシャルワークの必要性をスタッフに理解してもらえるように働きかけなくてはならない。それはソーシャルワーカーの介入するケースを通してでもあれば、全くインフォーマルな場面やソーシャルワークとは何ら関係ない雑務を通してでも、できるだけ医療ソーシャルワークについて説明し、知ってもらうことによって扱うケースが増え、ソーシャルワーカーの介入によってうまくいったケースに対しては周囲からの評価が得られる。つまり、ソーシャルワーカー自身が自ら行動する事が、周囲に存在意義を認めさせる活動となっている。これは業務上重要な対処行動である。
この「教育活動」についてはストレス、つまりしんどさを感じることもあるかもしれない。だが、これはソーシャルワーカーの重要な役割であり、これによって周囲からの評価も得られるのである。周囲からの評価を受けることが励みにならないソーシャルワーカーは、おそらくいないだろう。そのために、ソーシャルワーカーは自発的に環境に働きかけ
ることが必要なのである。
今回の調査ではサンプルの数が少ないことから、信頼性に欠けることは否めない。しかし公立で複数ワーカー、公立の一人ワーカー、民間の複数ワーカーと、バリエーションのある調査を行うことができた。一口にストレスといっても職場環境やソーシャルワーカー自身のパーソナリティによって、内容・程度にかなりの差があり、職場の数だけ、また医療ソーシャルワーカーの数だけのバリエーションが存在するのかもしれない。しかし現場の医療ソーシャルワーカー自身の言葉から汲み上げられた、意義あるものであったと考える。
またこの卒業論文作成の過程で、数々の医療ソーシャルワーカーの方と出会い、助言・協力を頂いたことは筆者にとって大いに勉強になった。この場を借りて心よりの感謝を申し上げたい。