考察

 

 今回の調査からは,残念ながら音楽活動が個人の自己受容・他者受容に対して与える影響というものはみられなかった.しかし,注目すべき結果は,自己受容の形成に他者受容が大きく関わっているということである(表9参照).音楽活動に限らず,この時期には体育祭や文化祭,中間テストや実力テスト,クラブ活動といったあらゆる学校行事が行われている.そこで生徒が経験する他者との関わりが自己を形成する要因になると考えられる.例えば,クラブ活動で試合が行われる場合,チームとしてのまとまりを実感し,それによって自己の満足を高めることができる.また,文化祭や体育祭では,クラスで一つの目標に向けて活動する.その際,クラス全体で協力しあうことや,クラスのメンバーから仲間として受け入れられていることを実感することによって,自分自身の存在意義や自己の価値を認めることができるようになるのではないか.

 また,男女差が音楽活動後の自己受容に影響を与えるという結果がでた(表9参照).梶田(1987)が「自己評価意識と学校行事への意識・行動との関連を全体的に見ると,男子の場合は,行事自体への意欲や積極性と自己評価的意識が強く関連しているのに対し,女子の場合には,他人より良い成績をとって周囲の人間に認められたいという気持ちと強く関連している」(梶田,1987,p.58)と述べているように,男子の場合には,意欲や積極性と自信とが表裏一体の関係にあるように思われる.しかし,女子の場合には,行事自体の意欲や積極性と自己評価意識とは結びつかず,むしろ承認欲求的なものと結びついて,自信がないと,なんとか良い成績をとって周囲に認められ自信をつけたいという気持ちがある.したがって,中間テストなどをはさんだこの期間では,男女差が音楽活動後の自己受容に影響を与えているのではないだろうか.

 最後に、今回の調査においては,われわれの仮説が立証できなかったが,学校教育における「音楽」の意義についてふれておきたい.

理想的な音楽教育環境とは,第一に「活動」と「鑑賞」がうまく作用して始めてその機能を果たすこと.第二に常に音楽に触れ,音楽的経験を広げていくこと.第三に,音楽教育の内容が子どもの成長段階に合ったものであること.第四に,子どもの音楽おける将来の可能性を十分にサポートできる音楽的環境である(Tate.M.1991.).これらの条件は音楽の教科書に取り入れられているにも関わらず,受験に必要な5教科以外の科目であるために,時間的な関係から十分に満たされてはいない.特に第四番目の条件については中学教育の場においてはほとんど整っていない.

合唱コンクールにおいても時間や時期についての問題は同じである.高校入試を中心に考えるとどうしても時期的にさまざまな行事が重なるのも仕方がない.しかし,各行事の本来の教育的意味を成そうと思えば,短期間に多くの行事を詰め込むのではなく,長期的にとりくむことが大切なのではないか.このように受験科目以外の教科の「時間」の問題については,実際に文部省でも取り上げられている.われわれは今回の研究を通じて,今後こういった傾向が改善され,実際の教育の中で人間的成長を重視した要素が中心となり,十分に取りいれられた教育が実現することを提案する.