日本における子どもの現状とストレス
近年、学校生活においては登校拒否・不登校・いじめ・荒れ等、また日常生活においても、“キレル”子ども・しつけ不足・家庭内暴力等、子ども達を巡ってさまざまな問題が取り上げられている。これらの問題に関してさまざまな調査・研究が行われており、子どもが学校生活や日常生活において感じているストレスが問題の一因であることが示唆されている。1998年6月5日の国連子どもの権利委員会においても、日本政府に対して「極度に競争的な教育制度によるストレスのため、子どもが発達上の障害にさらされていること、および、教育制度が極度に競争的である結果、余暇、スポーツ活動および休息が欠如していることを懸念する」として、その改善の勧告が行われた。このことからも、現代の日本社会における子どものストレスが重要な問題とされていることがうかがわれる。長根(1991)の研究によると、小学校高学年の子ども達についてでさえ、学校生活におけるストレスに関して友人関係、授業の発表、学業成績、失敗という4つのストレス因の存在が明らかになっている。さらに、高度に発達した欧米の大人社会の中においても現代の病気の80%はストレスが原因であるとされており、ストレス状態にある子どもが成人した時にストレスが大きな障害となることは想像に難くない。
「ストレス」いう言葉はあまりにも多用され、概念が希薄になりつつあるので、ここで見なおしてみる。ストレスとは、元来は生理学的な立場から論議されてきたものである。Cannon(1932)は精神的な感情の動きが身体に影響を及ぼすメカニズムの研究を行い、生理学の一大テーマとして位置付けた。この学説は「ストレス学説」と呼ばれている。生理学的立場における定義では、ストレスは生体に対する外的負荷または外的要求が過剰な状態において生じるものであるとされている。また生理学的立場からストレスは
の4つに大別されるが、いずれの場合も類似した過程を経て類似の結果に発展するとされている。
ストレスに対する心理学的立場からのアプローチについては、Lazarus以降、特に発展させられてきた定義によると、ストレスは刺激、反応および脅威の評価、対処のスタイル、心理的防衛規制、社会的環境のような介在的過程の相互に影響し合う諸因子の全スペクトルを包括するものであるとされている。この定義は心理学的ストレス分野における他の多くの研究者達の一般的な概念的アプローチを反映しているといえる。Masonは1975年に、この定義は語義の上で「ストレス」という言葉に抽象的性格を与えていること、生体に作用する力として用いてきた趨勢に反していることを批判してはいるが、同時に、現在の混乱を脱出するには、この組織化した研究が必要だとも述べている。
ストレスを心理学的に捉えられるようになった後、精神分析理論と自我心理学を土台として対処理論が発生した。能動的かつ創造的な対処はコーピングと呼ばれ、一般にストレスへの対処行動を意味するが、その定義は多様であり、概念的には「日常生活において直面する様々の問題状況に対して、対処・克服し、あるいは解決しようとする態度」とされている。コーピングと対立するストレス対処としては自我防衛規制が挙げられており、心理学者の間ではストレス対処を、この2つの処理にわけるのが常識化しているように思われる。また、Kobasaは1982年に、ストレスに強い人々の研究をつうじて、ストレスに強くあるための要因として
という3要因が重要であると述べている。これらのことから、ストレスに対処するための方法として、単にストレス因を断つだけでなく、個人の考え方のスタイルを変えることが有効であることが分かる。
個人が、さらされている要求・環境に十分な対処ができなければ、ストレス状態になりうる。そして更には身体的症状や精神的症状をも誘引することになりうる。1990〜1991年にPowell and Enrightの作成したストレス状態の一覧表においては、ストレス状態で見られる症状として
が挙げられている。また、身体的症状については心身症と呼ばれており、日本心身医学会が発表した定義によると「身体に症状が現れることは身体の病気と同じだが、その診断や治療には心理的な配慮も重要な意味を持つ病的状態」とされている。子どもの代表的な心身症としては胃潰瘍、気管支喘息、どもり、過食、登校拒否、不安神経症、円形脱毛症、睡眠障害などが挙げられる(甲賀、1990)。精神的症状つまり心因性精神障害については、心理社会的要因が主たる原因で引き起こされるものである。ストレスは内因性精神障害を誘引するとされており、内因性精神障害とは精神分裂病(破爪型、妄想型、緊張型)と躁鬱病(単極性うつ病、双極性うつ病、躁病)を示す。