あがり・緊張・不安について
試合や競技会は練習の成果を試す場であり、自己や自己のチームが最高の能力を発揮し
て相手と技を競う場である。しかし同時に他の競技者の存在、多数の観衆の存在から過度
の情動的緊張が生じる場でもある。スポーツの試合は1つの危機的場面での活動であり、
身体的のみならず、心理的にも極度に緊張した場面における知的・情緒的・社会的な活動
であるといえる。スポーツ選手が試合に臨むときの心理状態は次の3つのタイプに分けら
れる。第一のタイプは戦意をなくして意気消沈した競技嫌悪状態、第二のタイプは興奮し
すぎて混乱し気が散って注意が集中できない競技前の熱病状態、第三のタイプは試合に対
する期待感や充実した意欲と胸踊るような緊張感、あふれ出る闘志、軽い興奮などに包ま
れた戦闘準備状態である。中でも第三のタイプが最も好ましい。(プーニ、1967)
先ほどの章で精神力と体力の関係について述べたが、体力に影響を与える情緒的興奮が過
剰になり、大脳皮質の活動に混乱が起き、大脳で支配している神経支配が乱れて自己を統
制することができず、体力・技能を十分に発揮できなくなる状態を「あがり」という。市
村(1965)によると、あがりの兆候は次の5つの因子によって構成されるとしている。
あがりはこのような因子が単独又は複合で人の行動として表われる。しかし、あがる人に
はそれなりの原因や条件が考えられる。外的条件として、試合の場の圧力(競争相手、試
合場の雰囲気、観衆の多少など)があげられ、内的条件としては経験が乏しいこと、技量
に自信がないことおよびその人の素質(性格特性)による影響が考えられる。松田(19
66)は、あがりやすい選手の性格特性として、
をあげている。
このあがりに代表される不安を「スポーツ不安」といい、試合での失敗に対する恐れ、コ
ーチからだめな選手というレッテルを貼られるのではないかと言う恐怖、家族や仲間の期
待を裏切りはしないかという不安、鉄棒の宙返りで床にたたきつけられるのではないかと
いう恐れなどがあげられる。スポーツの場面での「不安」は、選手に影響を与える重要な
因子となる。ところで、人の不安は特性不安と状態不安に分けることができる。特性不安
とは、慢性的に感じられる不安のことで、例えば「厄介なことは避けて通る」「すぐに決
心がつかず迷いやすい」「些細なことに思い煩う」というような不安水準の高い人の性格
や感じ方の一部に定着してしまったような不安を意味している。一方状態不安は、ある特
定の場面で感じられる不安である。「緊張している」「ピリピリしている」「心配である」
というような、今ここで感じている不安の強さを意味している。特性不安が高い人は低い
人よりも試合のようなストレスのある場面では高い状態不安を示す傾向がある。特性不安
と状態不安の相関性は試合前・試合直前に見られ、敗者のほうが有意に高い状態不安を示
すことがわかった。(佐久間、1997)
それでは不安・緊張・ストレスが競技成績やパフォーマンスにどう影響するのだろうか。
精神的要因がスポーツの成績に大きな影響を与えることは、ここまでの説明で述べてきた。
スポーツ選手の多くはストレスや不安からくる緊張をリラックスさせようと試みている。
しかしリラクゼーションとは逆に相撲やラグビーのように興奮・緊張を高め、活性化(ア
クティベーション)を狙っているスポーツもある。どうやら不安や緊張はプラスにもマイ
ナスにも作用すると考えたほうがよい。不安や緊張は高すぎても低すぎても、実力の発揮
に障害となる。その中間に行動の効率を最もよくする最適なレベルが存在している。この
不安や緊張と行動の効率との関係を「逆U字関係」という。不安や緊張の水準が中程度の
とき行動の効率は最もよい成績であって、それ以下でも以上でも成績は低下することがわ
かっている。この「逆U字関係」は遂行する課題の性質・難易度によって形が異なってく
る。困難な課題においては、行動の効率にとっての最適水準は不安・緊張の低い水準に現
われ、やさしい課題においては緊張のかなり高い水準で最大のパフォーマンス(成績・達
成)が見られる。すなわち不安・緊張・ストレスは全くなかったり、過度にあり過ぎると
成績に悪影響を与えるが、適度にあることは選手のパフォーマンスをあげることに役立つ
のだ。