1章 在宅介護とは 1. 在宅介護における高齢者・家族の生活実態 在宅における介護を必要としている高齢者や家族の生活実態としては、介護不足→病状の悪化→介護量の増大という悪循環の図式を呈している。具体的には次のようなことがあげられる。 ① 医療依存度の高い高齢者の増加 医療的な管理が必要であったり、医療機器を装着した状態で、生活障害を抱えたままの利用者 が多くなっている。このことから介護が重度化し、さらに長期化していることから介護負担が増大している。 ②介護者の高齢化に伴う介護不足 高齢者が高齢者を介護するという状態が多く、ますます介護不足となり、病状は悪化し、介護 量が増大するといった悪循環が発生している。その結果、介護者の多くは健康を損ない共倒れ寸前の状態に陥っている。例えば、80歳代の夫をやはり80歳代の妻が介護しているといったケースが数多くみられ、個人の生活能力を超える負担が生じている。 ③昼間一人暮らしの高齢者の増加 家族が勤めに出ていたり、仕事をもっていることから専任の介護者が不在で、昼間の介護が期待 できないケースも多く、昼間の生活の節目節目の援助が必要である場合が多い。 ④ 家事機能の低下による生活障害の増大 病人を抱えることによって、通常の生活に変化を来し、生活のリズムが崩れてくる。そのことに よって家事機能にも影響を及ぼし、生活障害が増大してくる。 そのことが病状の悪化につながり、介護量の増大に結びついている。さらに家事に不慣れな男 性が介護を担わなければならなくなると、介護と家事の両方の負担がのしかかり、生活が崩れて しまい、そのことが精神的な重圧となっている場合も多い。 ⑤ 経済負担の増加 介護の重度化、長期化によって医療費・介護費が増大し、経済負担が増加している。経済的に余 裕がないということから、介護機器、介護用具の導入が図れず、また、住宅の改造などもできな いことから、介護不足に結びついたり、せっかくの自立への意欲も失ってしまう結果になっている。 ⑥住宅環境の不備による介護量の増大 住宅環境の改善、改築、病室の整備などが必要であっても、費用の点や、家族の意識の問題などから改善ができずに、自立の意欲が損なわれ、寝たきりの状態に結びついていることが多い。 ⑦地域からの孤立化 身体的な障害をもったり、要介護者を抱えたことによって、社会性を失い、地域から孤立していることが多くある。地域から孤立することによって、ニーズの発見が遅れ、援助が手後れになり、介護不足から病状の悪化に結びつき、家庭の崩壊につながってしまう例が数多くみられる。 現在、在宅介護を行っている家庭では、以上のような問題を抱えて介護を行っている場合が多い。 2.在宅介護の概念と背景 現在行われている在宅介護には、ホームヘルプサービスや配食(給食)サービス、訪問看護、在宅医療、訪問リハビリステーション、入浴サービスなどの訪問サービスや、デイサービス、ショートステイなどの通所サービスがあり、それらのサービスは、人間の労働という形の、人的サービスであるという特徴がある。しかし近年ではそれらに加え、福祉用具の提供、住宅改造、緊急通報システムなどの機器や設備を含んだ地域ケア、さらに金銭給付、環境整備を含む在宅福祉、またそれに地域住民の援助などを加えた地域福祉が進められている。 その中でも在宅介護と良く似た概念である地域福祉との関係で述べると、在宅介護は、基本的には国・自治体の行政責任のもとで実施される専門的サービスであり、地域福祉は、専門的サービスとともにボランティアや近隣地域住民など素人の介護活動も含めて支援活動がされるというものである。また、在宅介護は介護を要する人を主な対象としているが、地域福祉は一般住民の生活問題・福祉問題をも含み、在宅介護を包み込みながら介護問題を現に抱えている人も抱えていない人も広くその対象としている。そのことは在宅介護が、要介護者や家族とサービスとが個別に結びつくのではなく、地域住民に守られ、支えられることによって地域福祉へと発展していくものであるということを表わしている。つまり、地域社会の中での介護(Care in the Community)から、地域社会による介護(Care by the Community)になるということである。 それでは、地域社会による介護とは何だろうか。私たちの生活は、個人・家族・地域社会の連続の中で営まれている。それぞれが孤立して存在するということはなく、個々がどこかで、必ずつながっている。介護は、生活課題の一つであり、日常生活の営みそのものの過程から生み出されるものである。したがって、介護を必要とする個人を、家族・地域社会という社会的な関係の中で、生活を営む生活主体者として尊重することが求められるのである。 右田紀久恵氏は、地域福祉の3重層円ということを述べている。それは、人間の生活は、個人があって、それを包む円である家族があって、さらにそれを包む地域社会という円がある。それら3つの円の均衡が保たれ、調和的状態に置かれた時に安定的な社会生活を営むことができる。在宅福祉の考え方とそのサービスのあり方(原則)は、この3重層円の不均衡を予防し、是正し、そして均衡を保ち、維持することにあると述べている。 そして、在宅介護を含む地域福祉とは、「家族の地域社会との安定した関係づくりと社会に開かれた家族を目指し、家族構成員である個人の社会的自己実現をはかることを目標とする(右田、1995)」ものである。つまり要介護者が、生活主体者として家庭生活を営み、地域社会における生活と発達を可能にしていくためには、地域福祉・在宅介護は不可欠な支援であるということである。 在宅介護支援は、要介護者にとって、その家族・地域社会との関係を維持するために不可欠であるがゆえに、単独で利用するというものでもなく、またできるものでもない。したがって他の福祉サービスや保健・医療などとの連携が重要であり、さらに地域住民に支えられ、より発展させていくという利用者や住民を主体とした地域社会による介護となっていくことが求められるのである。 在宅介護の概念について述べてきたが、では、在宅介護ということばの中の、介護とは一体何だろうか。辞書をひいてみると、「衰弱しきった病人・けが人や重度の身障者、また寝たきり老人などに常時付き添っていて、その生活全般にわたりこまごまとした世話をすること(新明解国語辞典(三省堂)」とある。また、介護に近い行為として、「看護」がある。看護が医療行為の一環としてまず治療補助を第一にし、そのために生活援助を行うのに対し、「介護は、人間らしい尊厳にもとづいた生活をいかに保ち高めるかという局面からの援助を行(一番ケ瀬・古林、1988)」う。つまり、両者はそれぞれの援助の仕方に違いはあるけれども、それぞれが別個に存在しているのではなく、「密接な共同が重要であるという関係」なのである。 介護の概念については、今日でもさまざまな議論がなされているが、その中でも朝倉氏は、次のように述べている。「介護の概念は、人間の生活を生存レベルではなく、より豊かな生活を維持することをいかに保障するのか。そして、そのために介護は何を担うのかを明確にしつつあるといえます。したがって、介護とは、身辺介助にとどまらず、介護を要する人を主体として、その自立・自律生活を支え、自己実現を目指し、社会生活の維持を目標とする事によって、地域に生活文化を創造する可能性があるものといえます(朝倉、1998)」。これは、ただ介護の量的側面を満たすだけでなく、介護の質的側面が問われるようになってきたということを表わしている。 では、これほどまでに在宅介護が必要になってきた背景とは、どのようなものなのだろうか。 まず一つには、高齢化による要介護高齢者の増大があげられる。高齢化の背景には、近代化による生産力の増大によりモノが豊かになったことや衛生状態の改善、医学の進歩による寿命の延びという側面と、生活の不安定さや教育費の高騰、女性の就労率の増加や価値観の変化などにより少子化が進んでいるという側面がある。さらに、子どもを産み育てながらの就労を保障するための育児休業・保育などの子育て支援の不充分さが少子少産化の傾向を促進させている。また日本の高齢化の進展は西欧諸国に比べて急速であり、75歳以上の後期高齢者人口の割合が高いことが特徴である。特に、寝たきりや痴呆という介護を要する高齢者の発現率は加齢に伴って上昇することから、後期高齢者の増加は、虚弱高齢者・寝たきり高齢者・痴呆性高齢者などの要介護高齢者の増加につながることが大きな課題となっている。 2番目には、家族形態の変化ということがあげられる。現在の家族は戦前に比べると小規模化しており、この家族の小規模化というのは、小子化と家族の変化によるものである。現在一人の女性が一生に生む子どもの数は、1.42人にまで減少しており、高齢化をより促進している。また家族構成も、核家族世帯が増えてきており、3世代世帯を上回るようになってきている。特に高齢者の世帯は一人暮らしや夫婦のみの世帯が増えてきている。 家族の小規模化と多様化により、家族機能が低下しており、家族介護の限界と社会的支援の必要性が指摘されてきているのにも関わらず、在宅介護の実態をみると、現実に介護を支えているのは家族なのである。そのうえ、その約85%が女性であり、そのうち3割以上がこの配偶者(嫁)という日本独特の状況があるのである。 以上のように「家族機能が低下しているうえに、要介護の問題自体が、家族だけでは支えられない深刻な新しい問題であり、保護・医療・福祉の専門的な介護支援が不可欠なもの(朝倉・1998)」なのである。「それにもかかわらず、なお社会的介護支援が不充分なために、高齢者虐待や高齢者の自殺などの深刻な問題が発生(朝倉.1998)」している。介護を担っている家族は、さまざまな悩みを抱えている。そして、その辛さが限界にまで達し、追いつめられた結果として「高齢者虐待」が引き起こされてしまうのである。 3番目には、地域の変化があげられる。資本主義の発達により産業化と都市化が進展したことによって、生活様式が変化し、地域における人々の結びつきが弱くなり、それによって生活問題の解決方法も変化してきた。また、女性の社会進出という面から、妻が働きに出ることも当たり前となり、夫婦共働きという状態が普通になってきている現在、生活は仕事中心になり、戦後以来の個人のプライバシー意識の高まりともあいまって、町内会・自治会活動への参加の低下や地域での人間関係の希薄化を促進している。 在宅介護が必要視されるようになった背景について述べてきた。次に、在宅介護サービスとして実際に行われているサービスについてみていきたい。 3.在宅介護を支えるサービス 在宅福祉サービスとは、在宅介護を支える専門的サービスであり、なかでもホームヘルプサービス、ショートステイサービス、デイサービスは、在宅福祉の3本柱といわれている。「このサービスの量的基盤整備については、障害者プランの7か年計画が上積みされることになったため、2002年までには、ホームヘルパー21万5000人、ショートステイ6万4500人分、デイセンター1万8000か所が最終整備目標(朝倉.1998)」になっている。 「さらに、在宅介護支援センター、老人訪問看護ステーション、老人日常生活用具等給付事業、高齢者サービス総合調整推進事業、高齢者総合相談センター(シルバー110番)(朝倉.1998)」がある。 以下、先に述べた在宅福祉の3本柱である、3つのサービスに関してみていきたい。 a. ホームヘルプサービス ホームヘルパー派遣事業は、障害をもつ高齢者が可能な限り在宅の生活ができることを目的に、 障害のある65歳以上の高齢者及びその家族が利用でき、①身体介護サービス、②家事援助サービス、③各種相談や助言、を内容としたサービスを提供する。 サービスの量は、多くの市町村では、週1~2回、1回あたり2~3時間と言うのが実状だが、「1994年から北九州市が「24時間巡回介護モデル事業」を始め、その後、秋田県鷹巣町や大阪府枚方市などが取り組み、全国に広がりつつある(太田.1995)」。利用料は、1時間あたり930円(1997年度)を上限としている。 「ホームヘルプサービスの実施主体は市町村であるが、この事業は社会福祉協議会や特別養護老人ホーム、在宅介護サービスのガイドラインを満たす民間事業者などへ委託することができる。1992年からは、市町村が委託先として適当と認定した介護福祉士や農業協同組合などへも委託ができるようになった。委託型のヘルパーが急増し、8割をこえて(朝倉.1998)」きている。 b.デイサービス事業 デイサービス事業は、在宅の虚弱の高齢者や寝たきりの高齢者がデイサービスセンターに通所し、身体的機能の維持向上の訓練などを通じ、自立生活がより可能になるようにすることと、家族の心身的負担の軽減をはかることを目的にしている。利用できるのは、おおむね65歳以上の要介護高齢者(65歳未満でも、初老期痴呆の人は含まれる)及び身体障害者であって、虚弱または寝たきりなどのために日常生活を営むのに支障がある人、となっている。 サービスの内容は、通常週1~2回、朝から夕方まで、デイサービスセンターにおいて、入浴、食事、日常生活動作訓練、生活指導などが実施される。またデイサービス事業は利用者の状況によって、重介護型(A型)、標準型(B型)、軽介護型(C型)、利用人員が従来の2分の1程度(8人以上)の小規模型(D型)、痴呆性の高齢者向けの毎日通所型(E型)という5つの類型に分類されている。費用は原材料費などの実費負担となっている。 また、1996年度からホリデーサービスの加算制度が発足し、休日のデイサービス利用が可能となった。また、痴呆性老人の夜間徘徊などに対応して、夜間老人を預かるナイトケアを実施するセンターもある。 c.ショートステイ事業 ショートステイサービスは、おおむね65歳以上の要介護高齢者(65歳未満でも初老期痴呆の人は含まれる)を介護している人が病気、冠婚葬祭、介護疲れなどの場合に、介護者に代わって要介護高齢者を一時的に特別養護老人ホーム、養護老人ホーム、老人短期入所施設などに保護し、介護者の負担の軽減を図ることなどを目的としている。 利用できる期間は原則として7日以内となっているが、必要に応じて最小限の範囲で期間の延長ができる。1994年からは、計画的利用の場合は、最長3ヶ月利用できるようになった。 上記のサービスを行う在宅介護支援機関には、市町村老人福祉課、福祉事務所、保健所、特別養護老人ホーム、老人保健施設、病院、訪問看護ステーション、在宅介護支援センター、老人福祉センター、社会福祉協議会、福祉公社、デイサービスセンターなど、保健・医療・福祉に関わる多様な専門機関・施設がある。今回は、その中でも、デイサービスセンターに焦点をあてたいと思う。デイサービスセンターにて行ったインタビューに関しては、3章以降で詳しく述べるが、その前にまず次の章で、近年急速に発展してきた、デイサービスについて概観し、また利用者にとってのデイサービスの意義について考えてみたい。 1 1