震災特別番組『ぴーぷるずチャンネル特番−カナダのボランティアリズム−』

第3回:「行政革命とボランティアリズム」


  1. カルガリースタンピード

 

 

カルガリー市の7月の名物は、市全体をあげて大西部時代を演出するカルガリー・スタンピードである。「スタンピード」とはバッファローや牛の群れが物音などに驚いて集団で暴走するというのがもともとの意味。「カルガリー・スタンピード」には大西部時代そのままのロデオ、幌馬車レース、縄投げ競技、パレード、バンドのショーを目当てにカナダやアメリカ全土から大勢の観光客が押し寄せる。10日間の期間中、ほとんどの市民は開拓時代そのままの服装で1日を過ごす。会社も役所も学校も祭り一色に盛り上がるのである。裁判官でさえこの期間中はカウボーイ・ハットにジーンズ姿で執務をすると言われている。

 

スタンピードの運営は300名の常勤スタッフと1,500名を越えるボランティア・スタッフによって支えられている。このスタンピードの運営母体はNPO、すなわち非営利組織なのである(スタンピードの本部入り口のプレートの映像のインサート。「ボランティア組織」をスーパーインポーズ)。

 

 

 

(もし映像がなければスタンピードのホームページを写す)

スタンピードの前身は農産物品評会であった。その歴史は100年以上も前の1884年にさかのぼる。その後30年近くは、比較的地味な農産物祭りとして続けられた。しかししだいに観客数が減り、品評会がジリ貧の状態になった時に、救世主として現れたのがガイ・ウィーディックというカウボーイ上がりの起業家だった。彼は開拓時代そのままのロデオ競技会や幌馬車レースを提案した。1919年、ウィーディックは開催資金を募るのに、当時カルガリー市の有力者であった4人の実業家に働きかけた。実業家たちは、もしウィーディックが1人1,000ドルとして30名の市民から3万ドルの資金提供を受けたのなら、それと同額の3万ドルを出資すると約束した。第1次世界大戦の勝利を記念し、「ビクトリー・スタンピード」と名付けられたこのロデオ・幌馬車競争の大会は大成功を収めた。結果として、30名の市民出資者と4名の実業家は無事出資金を回収する事ができた。

 

ところで、大会の収益金はどうなったのだろう。実は、第1次大戦の傷痍軍人会とカルガリーYMCAに等分に分配されたのである。起業家精神を発揮して興業を成功させるとともに、そこで生まれた膨大な収益金は出資者に分配するのではなく、社会的に意味のある活動や団体に寄付するというNPO、非営利組織としてのカルガリー・スタンピードの歴史はこの時から始まるのである(本部入り口の金属製のボランティア組織の証)。

 

  1. ヘリテージパーク歴史村の成り立ち

 

ヘリテージパーク歴史村の生い立ちも、ちょうどスタンピードと似ている。まず、カルガリー市内で西部カナダの歴史や文化遺産の継承に関心をもつビジネスマンたちがボランティアとして理事会を組織し、寄付金を募った。そしてカルガリー市当局と交渉し、市が市内住宅街の一等地をヘリテージパークの用地として無償で提供すること、また自分たちで集めた額と同額の資金を公園建設資金として助成することを約束させたのである。ただし、公園の管理・運営はボランティア側が行うということで両者は合意した。ただしそれは素人仕事としてではなく、プロの経営者を採用しあくまでもビジネスとして運営している。事実ヘリテージ歴史公園は毎年確実に収益をあげている。ヘリテージパーク所長のリック・スミスさんに話を聞いた。

 

 

きわめてビジネス感覚に富んだ経営を行っているのである。ただし、ヘリテージパークは通常のビジネスとは異なる面もある。非営利組織であるヘリテージパークの収益金は公園施設の拡充などに再還元されてきたのである。

 

最後に私たちは、なぜ民営主導の歴史村の方が経営効率が良いのかを、もう少しつっこんでたずねてみた。

 

 

  1. カービー・センターの財政事情 

 

ここは第1回でも紹介した老人のためのデーサービスを行うカービーセンターである。ここでは1週間に64にものぼるデープログラムが提供されている。そのカービーセンターのラウンジで私たちの注目を引いたのは二つの証書だった。カービーセンター理事長のパット・マホーニさんにこの二つの証書について説明してもらった。

 

 

非営利組織、NPOとしてカービーセンターは、州政府から「法人格」を与えられていた。さらに毎年会計報告を市政府に行うことを条件として「税制優遇団体」の資格が市政府より与えられている。これによってカービーセンターに対して寄付を行った市民は、所得税を申告する際に寄付金分は税控除を受けられるのである。

 

法人格の付与や税制優遇措置という仕組みがあって初めて非営利組織や非政府組織は「私の側からの公共性の紡ぎだし」が可能になるのである。

 

ところでカービーセンターの年間収入やその内訳はどのようになっているのだろう。一般にカナダの非営利組織は、法人格や税制優遇措置などの恩恵を受けることと引き替えに、活動や財務内容についてはガラス張りにして一般からの疑問に応える義務を課せられている。

 

(カービーセンターの年次報告書2ページ下のカラーグラフをインサートしながら)これはカービセンターの年次報告書の2ページ目である。収入の内訳の推移がきれいに色分けされている。グラフの下層の緑や青色の部分は国や州政府などからの補助金である。行政からの補助金は1994年を境として毎年大幅にカットされてきたのが分かる。では減少分はどのようにして補填されたのだろう。グラフの最上段、だいだい色の部分が1995年以降、大幅なのびを示している。これは一般市民や企業からの寄付金である。(インサート、企業からの寄付金の金看板シーン15:22:19〜15:22:28)現在では寄付金だけで全体の収入の約3分の1を占めている。さらにセンターの独自事業からの収益を合わせると、1996年の時点では実に運営資金の約半分が行政以外からの資金によって賄われていたのである。

 

4)カナダの行政革命

 

カナダは北米大陸にありながら、政策的には戦後一貫してイギリスや北欧流の福祉国家政策を続けてきた。しかしながら1990年代に入ると景気後退や失業のまん延化、医療や社会福祉関連支出の膨張、さらに以前からの公債の利払い費の増大などにより、国家財政の赤字は大幅に拡大した。1993年11月に発足したクレチエン自由党政権の最大の課題は歳出カットにより財政赤字削減を大胆に実行することであった(クレチエン首相のポートレートをインサート)。それはまさに「行政革命」という名に値するものだった。その結果、1994年度から4年間で連邦政府各省庁の経費は平均で21.5%も削減された。細かな内訳で見ると、運輸は約70%、工業などの自然資源も約60%、教育は約40%カットされ、司法や福祉の分野でも10%近い関連予算がカットされたのである。同時に連邦政府から各州政府に分配される交付金も大幅なカットが断行された。さらに連邦政府の公務員も大幅な削減が行われ、その数は全公務員数32万人中の約14%にあたる4万5千人にものぼった。

 

カービーセンターの収入内訳の推移を眺めた時、1994年以降行政からの補助金額が年を追って削減されてきた背景には、このように極めて大胆な行政革命が実施されたという事情があったのである。

 

5)カルガリー市役所福祉部

 

行財政改革は連邦政府・州政府に留まらず、市の行政にも大きな影響を与えていた。この間の事情をカルガリー市役所社会福祉局長のジュディ・ベーダーさんにたずねた。

 

 

カルガリー市役所でも大幅な行政組織のリストラが進行中であった。その際の合い言葉が「行政サービスの外部移管(アウトソーシング)」であった。これは「政府が行うことに必ずしも必然性や合理性のない仕事は外部の民間移管する」という方針を意味する。福祉の分野について言うと、ほとんどのサービスは民営化が可能であると判断された。その際の受け皿として登場するのがNGOやNPOと呼ばれる非政府・非営利の組織や団体なのである。

 

この場合行政は、公開入札によるコンペ方式でもっとも効率よくサービスを提供するNGOに業務を発注し、その費用だけを負担する。一方サービスの管理や運営は、100%NGOやNPOに任されるのである。(カナダ・ケーブルテレビのHuman Factor10代の未婚の母支援ボランティアの映像インサート)例えばこの番組の第1夜で放映した未婚の十代の母をサポートするボランティア・プログラムについて、なぜカトリック・ファミリーサービスがこの事業を引き受けることになったのか、ボランティアプログラム部長のコリーン・ビオンディさんに語ってもらおう。

 

 

NGOやNPOは今まで以上に公益サービスの実施主体としての重きを増すようになった。そしてNGOやNPOを市民サイドから支援する市民や企業からの寄付金の重要性がさらに高まったのである。

 

カナダ・ガン協会の資金集めイベント全体をボランティアとして組織化しているこの女性は、市内全域で2000名の資金集めボランティアを統括している。

 

 

非営利団体への寄付金は、税控除が受けられることもあって通常の市民の感覚では「福祉目的税」に近いものである。しかし、行政が実施する「福祉目的税」とは異なり、寄付金の場合市民はどのサービスや団体に寄付をするかが選択できる。その結果、真に公共の利益にかなうと多数の市民によって賛同されたNPOは財政的に存続が適えられ、一方問題があると判断されたNPOは淘汰されてゆく。このようにして福祉や社会サービスにも、ある種のマーケット原理が発揮されるようになっているのである。

 

マーケット原理。それこそが行政とNGOやNPOを峻別するものである。NGOやNPOには市民サイドから見れば税控除を受ける寄付金先として競争原理が働く。一方行政サイドから見れば事業の公開入札を通じて、競争原理が働く。その結果サービスの淘汰が行える。けれども行政組織はいったん立ち上げるとその改変やリストラには多大の抵抗が生まれるのである。

 

そもそも政府とは一体何だろう。今回の取材の中で、この点について明快な回答をしてくれたのは多国籍企業シェブロン社のジリアン・ラムゼイさんである。

 

シェブロンカナダ社地域貢献部長、ジリアン・ラムゼイさん(スタート02:00:45〜)「こうたずねてみることが大事だと思うのです、「そもそも政府とは誰のことか」ということです。それは選挙で選ばれた議員なのです。私たち市民が彼らを選挙で選ぶのですよ。そして私たちの税金を効率よく運営する仕事を委せているのです。ところが気がついてみると、その税金だけでは私たちの社会の全てのサービスをまかないきれない事態になっていたのです。たしかに政府は社会サービスの提供についてなんらかの役割を担うべきだと思います。けれども、政府が100%責任を持つべきではないと思うし、個人的には絶対そんなことをさせてはいけないと考えます。一人一人が自分たちに本来備わっているパワーを取り戻すことが大事なのです。そして自分の生活について自己責任をもつことが必要なのです。企業もその中で役割を担うでしょう。そして政府と市民と企業の3者が協力するならきっと変化が生まれると思います。(〜02:01:44エンド)」

 

ある論者はこのような北米の行政改革の方針について以下のように述べている。「政府の仕事は船の舵を取ることで、漕ぐことではない。サービスを提供するのは漕ぐことだが、あいにく行政は漕ぐことはあまり得意ではない。」(インサートで D.オズボーン・T.ゲーブラー(1995/1992)『行政革命』日本能率協会マネジメントセンター刊よりと明記)

 

6)外部移管は政府の責任放棄なのだろうか?

 

カナダの行政革命では、行政サービスの外部移管による行政職員の削減と政府補助金の大幅なカットが同時に進行していた。このため、一躍公共サービスの主役に躍り出たものの、NGOやNPOは政府補助金のカットによる慢性的な歳入不足に直面していた。その不足を埋めるために日常的に、資金集めイベントが企画されていた。さらにもう一つの大きな資金源は、企業からの支援や寄付金である。いわゆる企業フィランソロピー事業の重要性は政府補助金の削減が広まるなかでさらに高まってきている。

 

(カナダビジネス街のインサート)北米の大企業は従来から地域貢献部などの活動部門を通じて企業フィランソロピー活動を充実させてきた。(シェブロン社のビルインサート)カルガリー市中心部には、石油採掘の多国籍企業シェブロン社のカナダ本社がある。(ジリアン・ラムゼイさんインサート)ここで地域貢献活動部門の広報を担当しているのが、先ほど登場してもらったジリアン・ラムゼイさんである。シェブロン社は従来から主として環境保全と人的資源開発を主要なテーマとして企業フィランソロピー活動を展開してきた。とりわけ人的資源開発では、従来からの高等教育機関の教育プログラムへの財政的支援に加えて、小中学校での情報教育などにも支援の範囲を拡大してきていると説明してくれた。ラムゼイさんが現在一番力を注いでいるのが企業ボランティア活動の推進である。企業が教育や環境、福祉や芸術などの分野に資金的支援をするフィランソロピー活動は北米では長い歴史を持つ。すでに多くの企業がこのような活動に取り組むようになってきた。そのような環境で、他社との違いをより際だたせるために、社員が自ら汗をかいて労働時間を地域の非営利組織やボランティア団体に提供する企業ボランティア活動に目下一番関心があるのだという。

 

 

単に資金を出すだけのチャリティーやフィランソロピーだけではなく、社員自らが地域のために汗を流す企業ボランティア活動の重視へと企業姿勢の戦略的転換がシェブロン社では考えられていたのである。

 

今後行政革命がさらに進行するなかで、NPOやNGOの活動の支援者として企業はさらにその比重が増してくるのかどうかをラムゼイさんにたずねてみた。

 

 

政府の仕事は船を漕ぐことではなくなるにせよ、いぜんとして船の舵を取ることは求められるのである。この点についてカルガリー市福祉局のジュディー・ベーダーさんに語ってもらった。

 

 

7)クロージング:行政、私企業、そしてボランタリー・セクター

 

私たちはこの番組のなかであえて「ボランティアリズム」という耳慣れない言葉を使ってきた。この言葉は、一つには社会サービスの提供の際のボランティア活用主義という意味である。と同時にもう一つには、公共のサービスを行政にたよらず市民自らで紡ぎだし運営するという非政府・民間主導主義の意味も含まれている。民間主導による公共サービスの提供という考え方の源流は、19世紀の英国にさかのぼる。この頃、教会や学校は国家の手ではなく、民間の手で運営されるべきだと強く主張されるようになった。このような考え方はボランタリズムと呼ばれ、政府主導という意味のスタチュトリズムと強く対比されてとらえられたのである。

 

 

           ボランティア活用主義

ボランティアリズム  

           非政府・民間主導主義

 

 

現代の社会で、政府の民間活動への干渉を極力排除し、ボランタリズム、つまり民間主導による公共サービスの提供を極端なまでに重要視したのが、米国のレーガン政権だった。ただレーガン政権の政策は結果的に失敗に終わった。社会福祉サービスへの多くの補助金がことごとく打ち切られたために、活躍が期待されたNGOやNPOの多くは、逆に資金の枯渇により存続さえ危ぶまれる状態に追い込まれたからである。

 

たしかに、福祉国家政策をとり続けると行政機構は肥大化し、結果的に非効率的な運営など「大きな政府」の弊害が生ずる。レーガン政権の社会サービスに対する考え方は、そのことに対する反省から生まれたものだった。けれども、レーガン流の荒療治による福祉削減策は、逆に頼みの綱とされたNGOやNPOを疲弊させてしまったのである。

 

米国の非営利組織の実体を調査したレスター・サロモンによると、レーガン政権当時でさえ、米国の社会福祉サービスのうち行政が財政負担を行った事業の実に56%は、非営利組織を通じて提供されていたのである。福祉削減策は確実にこの非営利・民間のボランタリー・セクターに打撃を与えたのである。

 

『行政革命』の著者、オズボーンとゲーブラーは社会サービスにおける政府の役割について以下のように述べている。

 

D.オズボーン・T.ゲーブラー(1995/1992)

「政府が所有権と管理を地域社会に任せたからといって、責任までなくなるわけではない。政府はもはやサービスの実施には手を出さないが、要望を確実に実現する責任がある。」(『行政革命』日本能率協会マネジメントセンター刊より)

 

現在カナダで進行中の行政革命は、社会サービスをまったく民間側に放りだす19世紀流の自由放任政策でもなく、かといって行政主導の手厚い福祉国家政策でもない。政府は必要な社会サービスを見定めて財源を確保することに責任を持つ。つまり船の舵を取る責任を放棄することはできないのである。しかし、実際のサービスの提供、つまり船を漕ぐことは、行政でもなく、かといって営利企業でもない、NPOやNGOなどのボランタリー・セクターを重視することであった。民営主導で公共サービスを提供することによって競争原理が働き、結果として質の高いサービスが効率よく運営されると考えられるからである。

 

ボランティアリズムは私の側からの公共性の紡ぎだしである。しかしそれは、政府や営利企業といった他のセクターからかけ離れた地平での徒手空拳の活動ではない。むしろ政府は財源を確保することで、営利企業は企業フィランソロピーや地域貢献活動を通じて、そして一般市民は寄付行為によって、ボランタリーセクターの活動を資金面で積極的に支援していたのである。

 

カナダのボランティアリズム。それは公共サービスを政府の独占から解放することで競争を促し、民間が得意とする起業家精神とその論理によって行政機構そのものを変革しようという行政革命の核心ともつながる思想なのであった。