〜カナダのボランティアリズム総集編〜

『公共性は市民がつむぎ出す−市民社会カナダの実験−』


 カナダはボランティア先進国である。1987年の全国調査によると、15歳以上の国民の4人に1人、約25%がボランティア活動を行っていた。カナダ全10州の内でも、とりわけボランティア参加率が高いのがアルバータ・サスカチュワン・マニトバといった西部諸州である。この地域では15歳以上の実に40%近くがボランティア活動を行っていた。

ボランティア活動の熱心さで見ると、カルガリー市は西部カナダ随一、従ってカナダ一のボランティア参加率を誇る。1996年9月上旬、わたしたち取材陣は、ボランティア先進国カナダの実情を調べるためにカルガリー市へと飛んだ。

 

1)病院ボランティアのロバート

 

 ここはカルガリー・ジェネラル病院ピーター・ローヒード・センターである。ここには介護を必要とする老人のための特別養護施設が病院内に併設されている。その入所者たちの早朝のレクリエーション療法の模様を見学した。日本でならさしずめ1日中「寝たきり」状態の老人たちが車いすに乗り、レク療法室に運ばれてゆく。いつもの病院食ではなく、手作りの焼きたてパンケーキとソーセージの朝食をみんなで食べるためである。会食を通じた会話そのものがレク療法なのである。カルガリー・ジェネラル病院のレク療法は、専任のレクリエーション療法士1名にボランティアが1名介助者として配置される。朝食の準備や食事の介助を行っているのが、この日のボランティアのロバートである。パンケーキやソーセージをレク療法士から受け取り、レク参加者の皿に盛り分ける。準備が一段落つくと、ボランティアのロバートも一緒に朝食の食卓をかこみながら参加者の老人たちと会話を交える。食事中、必要に応じて前掛けを用意するのもロバートの仕事である。

 

(スタート19:19:05)

ロバート「以前からよくボランティアしていました。でも、ある時とても重い病気になったんです。直るのにも長い時間がかかりました。ですからここでボランティアをすることはわたしにとってはリハビリみたいなものでした。その結果はとても満足できるもので、十分報われたと思います。(エンド19:19:29)

(スタート19:19:31)

立木「胸の名札にはたくさんバッジがついていますが、説明してもらえますか」

ロバート「この二つは臓器提供を申し出たことを示すピンです。こちらはボランティアの夕べでもらったもの。これは老人へのボランティアをしたことでもらいました。」(エンド19:19:55)

 

2)福祉ボランティアーズ

 

 医療とならび社会福祉の分野でも、ボランティアが活躍している。その多くは病院ボランティアのロバートのように専任スタッフのアシスタントの仕事をしている。が、児童や青少年を対象とした家族福祉活動を行うカトリック・ファミリー・サービスでは、ボランティア・ワーカーをさらに積極的に活用していた。

 

シャンタラは10代の未婚の母である。妊娠したことがわかると家族はシャンタラを家から追い出し、ボーイフレンドも彼女のもとを去った。途方にくれたシャンタラを支えたのが、カトリック・ファミリー・サービスが派遣したキャレンだった。キャレンは未婚の10代の母を支援するボランティアである。週1回シャンタラのもとを訪れ、出産に始まり、育児や家事の仕方から、アパートの探し方、友達の見つけ方まで、シャンタラの生活全般にわたって自立できるように支援する。

 

 

3)カービーセンター(老人デーサービスセンター)のボランティアーズ

 

次に私たちが訪れたのはカルガリー市内の中心部近くにあるカービー・センターである。ここは老人のためのデーサービスセンターである。ここでは1週間に64のデー・プログラムが開かれているが、専任のスタッフは極めて少数である。ほとんどの事務やサポート業務は老人たち自身がボランティアとして運営に参加している。ボランティアの数は700名を越すという。

 

 

カナダでは医療や福祉の分野にとどまらず幅広い分野でボランティアが活動している。事実1987年のボランティア全国調査によれば、カナダにおけるボランティア活動のトップ3は、教会活動、レクリエーション活動、そして教育や青少年活動の順であった。やっと4位・5位で医療や福祉分野のボランティア活動が顔を出すのである。

 

4)ジェイル・アンド・ベイル:カナダ・ガン協会の資金集めイベント

 

 

 ボランティア活動で人々が一番時間をかける活動とはどのようなことだろうか。実はサービスやケアの提供ではなく、ボランティア団体のための資金集めや組織化活動、そしてそのための会議出席などである。1987年の全国調査によると、ボランティア組織の経営や運営、組織化に関する活動は、ボランティア活動時間全体の3分の1を占めた。その中でも組織の運営の要になるのが資金集め活動である。

 

 

ご覧いただいているのは、ガンの医学的研究やガン患者への支援を行うカナダ・ガン協会が主催する資金集めのイベントの模様である。カルガリー市警の警官もこのイベントには毎年協力している。ジェイル・アンド・ベイル、牢屋と保釈金、と名付けられたこのイベントでは、職場や家庭に突然警官が現れ、手錠をかけられて、市内のショッピングセンターにもうけられた模擬裁判所に連行される。裁判官は地元テレビやラジオのパーソナリティがボランティア出演している。陪審員も市内の有力者や有名人である。そこで罪状と保釈金額の判決を受けると、囚人服がわりの野球帽とエプロンをかぶり模擬刑務所に拘禁される。そこから友人や知人に電話をし(電話風景20:26:36〜20:26:49「今ジェイル・アンド・ベイルで留置場に入ってるんだけど、釈放されるのに2千ドル集めなければならないんだ。ああ。だからいくらでもいいんだけど、ガン協会に寄付をしてくれませんか。君がこうやって電話をする一人目の友だちなんだ。」)、保釈金額に達するまでカナダ・ガン協会のために寄付金を募るのである。

 

 

 

5)カルガリー・スタンピード

 

カルガリー市の7月の名物は、市全体をあげて大西部時代を演出するカルガリー・スタンピードである。「スタンピード」とはバッファローや牛の群れが物音などに驚いて集団で暴走する様(さま)を指す。「カルガリー・スタンピード」には大西部時代そのままのロデオ、幌馬車レース、縄投げ競技、パレード、バンドのショーを目当てにカナダやアメリカ全土から大勢の観光客が押し寄せる。

 

 

スタンピードの運営は300名の常勤スタッフと1,500名を越えるボランティア・スタッフによって支えられている。このスタンピードの運営母体はNPO、すなわち非営利組織である(スタンピードの本部入り口のプレートの映像のインサート。「ボランティア万歳」をスーパーインポーズ)。

カルガリー・ジェネラル病院ボランティア人事部の部長、スー・ウッドさんは、カルガリー・スタンピードと市民ボランティア意識の関係について次のように語ってくれた。

 

スー「(スタート00:25:55〜)カルガリー・スタンピードはボランティアが運営しているのです。カルガリー・スタンピードはカルガリー市民にとっては永遠とも言える長さで現在まで続いてきました。スタンピードというのは一大ボランティア運動なのです。それをカルガリー市民は間近に見て経験してきたのです。スタンピードが市にどのような貢献をしたのかも合わせて見てきたのです。一度スタンピードの手伝いをするとボランティアについても肯定的な経験をし、翌年もまたその翌年もなんらかのボランティアに参加しようという気持ちになるのです。」

 

  1. ヘリテージ(歴史遺産)公園歴史村のボランティアーズ

 

 開拓時代の西部カナダの町並みや人々の暮らしを、そのままに実演して見せるのがカルガリー・ヘリテージ公園歴史村である。当時の様々な歴史衣装に身を包み公園の各所で働く人たちの大半がカルガリー市民のボランティアである。また、この公園を運営する組織自体が民間の非営利団体である。行政に頼るのではなく、公共性の高い社会サービスを市民自らの手で紡ぎだし、市民自らの手で自治をする。これがボランティアリズムのもう一つの側面である。

 

この日は、年間を通じてヘリテージ公園最大のイベント、「ヘリテージ公園秋まつり」が開かれた。当日は1500名の登録ボランティアの中から800名のボランティアが開拓時代そのままの衣装に身を包み、祭りの催し物の運営を行った。また、カルガリー子供病院のボランティアや、農産物の生産や流通業者のボランティア200名も応援に駆けつけ、カルガリー名物の秋まつりを盛り上げた。

 

(ラインダンスの母娘たちの「ヤッフ!」で終わる)

 

ヘリテージ公園歴史村の生い立ちも、スタンピードと似ている。まず、カルガリー市内で西部カナダの歴史や文化遺産の継承に関心をもつビジネスマンたちがボランティアとして理事会を組織し、寄付金を募った。そしてカルガリー市当局と交渉し、市が市内住宅街の一等地をヘリテージ公園の用地として無償で提供すること、また自分たちで集めた額と同額の資金を公園建設資金として助成することを約束させた。その際、公園の管理・運営はボランティア側が行うということで両者は合意した。ただし経営には、プロの専従職員を採用した。ヘリテージ公園歴史村は毎年確実に収益をあげている。所長のリック・スミスさんに話を聞いた。

 

 

きわめてビジネス感覚に富んだ経営を行っているのである。ただ、ヘリテージ公園は通常のビジネスとは異なる面もある。非営利組織であるヘリテージ公園の収益金は公園施設の拡充などに再還元されてきた。

最後に私たちは、なぜ民営主導の歴史村の方が経営効率が良いのかを、もう少しつっこんでたずねてみた。

 

 

)ボランティア・マーケティング

 

カルガリー市内中心部のビジネス街。その一角にカルガリーボランティアセンターはあった。事務局長のマーサ・パーカーさんにお話をきいた。パーカーさんは、ボランティア業務や人事のマネジメントに、ビジネスの世界のマーケティング手法を大胆に取り入れるボランティア・マーケティング運動の仕掛け人である。先ほどのヘリテージ公園の成功も、パーカーさんの助言によるところが大きい。

 

ボランティア希望者は、お金の代わりに自分の時間を拠出する。特定の目的のために時間を消費しても、結果として満足感がともなわなければ、くり返しボランティアはしない。

 

ボランティアは消費者。そして消費者は王様。それがボランティア・マーケティングの基本である。では、どのようなマネジメントを行えばよいか。パーカーさんにたずねてみた。

 

 

カナダのボランティア・マネジャーたちは、金銭以外の手段を通じてボランティアが仕事への満足感を持ち続けられるようにするとともに、そのボランティアを通じて質の高いサービスが利用者に提供されるように、絶えず心を砕いていたのである。

 

8)行政のNPO支援策

 

ここは、先ほどのカービーセンターのラウンジである。二つの証書が、私たちの注目を引いた。カービーセンター理事長のパット・マホーニさんに説明してもらった。

 

 

 非営利組織、NPOとしてカービーセンターは、州政府から「法人格」を与えられていた。さらに毎年会計報告を市政府に行うことを条件として「税制優遇団体」の資格が市政府より与えられている。これによってカービーセンターに寄付をした市民は、所得税を申告する際に寄付金分は税控除を受けられるのである。法人格の付与や税制優遇措置という仕組みがあって初めて非営利組織や非政府組織は「市民による公共性のつむぎ出し」が可能になるのである。

 

9)行政革命とボランティアリズム

 

(カービーセンターの年次報告書2ページ下のカラーグラフをインサートしながら)これはカービセンターの年次会計報告書である。収入の内訳の推移がきれいに色分けされている。グラフの下層の緑や青色の部分は国や州政府などからの補助金である。行政からの補助金は1994年を境として毎年大幅にカットされてきた。では減少分はどのようにして補填されたのだろう。グラフの最上段、だいだい色の部分が1995年以降、大幅なのびを示している。これは一般市民や企業からの寄付金である。(インサート、企業からの寄付金の金看板シーン15:22:19〜15:22:28)現在では寄付金だけで全体の収入の約3分の1を占めている。さらにセンターの独自事業からの収益を合わせると、1996年の時点では実に運営資金の約半分が行政以外からの資金によって賄われていた。

 

1993年11月に発足したクレチエン自由党政権の最大の課題は歳出カットにより財政赤字削減を大胆に実行することであった(クレチエン首相のポートレートをインサート)。それはまさに「行政革命」という名に値するものだった。その結果、1994年度から4年間で連邦政府各省庁の経費は平均で21.5%も削減された。さらに連邦政府の公務員も大幅な削減が行われ、その数は全公務員数32万人中の約14%にあたる4万5千人にものぼった。

 

カービーセンターの収入内訳の推移を眺めた時、1994年以降行政からの補助金額が年を追って削減されてきた背景には、このように極めて大胆な行政革命が実施されたという事情があったのである。

 

10)カルガリー市役所福祉部

 

行財政改革は連邦政府・州政府に留まらず、市の行政にも大きな影響を与えていた。カルガリー市役所社会福祉局長のジュディ・ベーダーさんにたずねた。

 

 

カルガリー市役所でも大幅な行政組織のリストラが進行中であった。その際の合い言葉が「行政サービスの外部移管(アウトソーシング)」であった。これは「政府が行うことに必ずしも必然性や合理性のない仕事は外部に民間移管する」という方針を意味する。その際の受け皿として登場するのがNGOやNPOと呼ばれる非政府・非営利の組織や団体なのである。

 

この場合行政は、公開入札によるコンペ方式でもっとも効率よくサービスを提供するNGOと契約を結び、その費用だけを負担する。一方サービスの管理や運営は、100%NGOやNPOに任されるのである。

 

11)企業のNPO支援

 

 NGOやNPOは今まで以上に公益サービスの実施主体としての重きを増すようになった。そのNGOやNPOを市民サイドから支援する市民や企業からの寄付金の重要性はさらに高まってきている。

 

非営利団体への寄付金は、税控除が受けられることもあって通常の市民の感覚では「福祉目的税」に近いものである。しかし、行政が実施する「福祉目的税」とは異なり、市民はどのサービスや団体に寄付をするかが選択できる。その結果、真に公共の利益にかなうと多数の市民によって賛同されたNPOは財政的に存続が適えられ、一方問題があると判断されたNPOは淘汰される。このように福祉や社会サービスにも、ある種のマーケット原理が発揮されている。

 

マーケット原理。それこそが行政とNGOやNPOを峻別するものである。これに対して、行政組織はいったん立ち上げるとその改変やリストラには多大の抵抗が生まれる。

 

そもそも政府とは一体何だろう。多国籍企業シェブロン社で地域貢献活動を統括するジリアン・ラムゼイさんは、明快に語ってくれた。

 

シェブロンカナダ社地域貢献部長、ジリアン・ラムゼイさん(スタート02:00:45〜)「こうたずねてみることが大事だと思うのです、「そもそも政府とは誰のことか」ということです。それは選挙で選ばれた議員なのです。私たち市民が彼らを選挙で選ぶのですよ。そして私たちの税金を効率よく運営する仕事を委せているのです。ところが気がついてみると、その税金だけでは私たちの社会の全てのサービスをまかないきれない事態になっていたのです。たしかに政府は社会サービスの提供についてなんらかの役割を担うべきだと思います。けれども、政府が100%責任を持つべきではないと思うし、個人的には絶対そんなことをさせてはいけないと考えます。一人一人が自分たちに本来備わっているパワーを取り戻すことが大事なのです。そして自分の生活について自己責任をもつことが必要なのです。企業もその中で役割を担うでしょう。そして政府と市民と企業の3者が協力するならきっと変化が生まれると思います。(〜02:01:44エンド)」

 

ある論者はこのような北米の行政改革の方針について次ぎのように述べている。「政府の仕事は船の舵を取ることで、漕ぐことではない。サービスを提供するのは漕ぐことだが、あいにく行政は漕ぐことはあまり得意ではない。」(インサートで D.オズボーン・T.ゲーブラー(1995/1992)『行政革命』日本能率協会マネジメントセンター刊よりと明記)

 

政府は必要な社会サービスを見定めて財源を確保することに責任を持つ。つまり船の舵を取る責任を放棄することはできない。しかし、実際のサービスの提供、つまり船を漕ぐことは、行政でもなく、かといって営利企業でもない、NPOやNGOなどのボランタリー・セクターが主役になる。

 

12)まとめ

 

わたしたちは日本を発つまで、ボランティアを「小さな親切」運動そのものととらえていた。けれども、ボランティア先進国カナダの実情は、それを大きく覆すものであった。たしかにボランティアリズムの根っこには、他者への親切や他者から受けた親切を第3への親切でお返しするといった「善意の循環」の思想があるかもしれない。けれどもボランティアリズムにはそれ以上の哲学が込められていた。それは、公共のサービスを行政に頼らず、市民自らの手で公共性を紡ぎだし、運営する民間主導主義の考え方であった。

 

カナダのボランティアリズム。それは公共サービスを政府の独占から解放することで競争を促し、民間が得意とする起業家精神とその論理によって市民主体の社会へと変革しようという試みであった。

 

公共性は市民が紡ぎ出す。それがボランティアリズムの核心にある思想なのだった。