立木茂雄「問題維持連鎖とシステム家族療法」 『数理科学』1995年3月号特集「生命とカオス」所収
システム家族療法は、心理療法の一種である。対象とするのは、不登校や家庭内暴力、拒食、非行などの児童問題が主であるが、心因性のうつやアルコール依存症、あるいは精神分裂病などの成人の問題にも適用が試みられている。治療の主眼点は、家族成員間の相互作用系にみられる症状維持的なフィードバック連鎖(問題維持連鎖)を発見し、それを断ち切ることにある1) 2)。システム家族療法では、相談者の問題は、本人や家族が解決の努力を怠っているからではなく、むしろ解決しようと努力するがゆえに、結果的に維持・強化されると考える。図1(問題維持連鎖の概念図)はこの関係を概念化したものである。問題という原因が解決策という結果をリニアに引き出すだけで終わるのではなく、解決策それ自体が、問題を維持させるという、一種のリミットサイクルが生まれる、と考えるのである。
問題
↓ ↑
解決策
図1:問題維持連鎖の概念図
以下に、システム家族療法では、どのように治療目標を設定し、症状の除去をはかるのか、簡単な事例をもとに説明しよう。続いて、問題維持連鎖とその除去に関する臨床的な知見を、実証的に確認しようとする調査の試みについて紹介する。最後に、相互作用系のゆらぎを回復させる一種のカオス反制御(chaos anticontrol)3)としてのシステム家族療法の諸技法について考えてみる4)。
問題維持連鎖
以下は、わが国におけるシステム家族療法の代表的な入門書2)に載せられた、病理的な家族相互作用の一例である。場面は、父・母・息子・娘の4人家族の夕食風景である。なお、紙数の制限のために卜書きは一部省略してある。
父「そんなことでどうするんだ!」
息子「ほっといてくれよ」
父「とにかくおまえの仕事は学校に行くことだ。腹が痛くなるなんてのは気持ちがたるんでいるからだ。」
息子「(下の方から父をにらみつける)」
父「なんだその目は?(父と子の緊張が高まる)」
娘「(それまで黙々と食事を進めていたが、急にうつろな眼差しになり、手にしていた茶わんをひっくりかえしてしまう。皆の目が娘に向けられる)」
母「(娘の頬に手をだす。ピシャ!という音が響く)なんですか、だらしない!」
娘「(われに返るや、声を上げて泣き出す)」
父「(妻に向かって)なにも殴らなくてもよいじゃないか」
母「あなたは黙っていてください。だいたいあなたがいつも甘い顔をするから、子供たちはみんなだらしなくなるんですよ」
父「なんだと...(だんだんと冷静さを欠いてゆく)おれのどこが甘いというんだ。むしろおまえのやさしさがたりないんじゃないか。もっと子供の気持ちを理解してやれよ」
母「よくおっしゃいますね。仕事仕事で子育ては今まで全部私に押しつけてきたくせに...。今さらえらそうな口をきかないでくださいませんか」
父「もう一度言ってみろ!それが主人に対して言う言葉か!」
母「ええ、何度でも」
息子「(急に腹を押さえて苦しみだす)痛たたたたっ...」
父「(息子の方に顔を向け、のぞきこみながら)どうした。また腹痛か」
息子「そうだよ。しょっちゅうなんだよ。だから学校にいきたくないんだ」
父「医者はなんともないと言ったじゃないか。精神力の問題だ」
息子「しばらく学校休むよ。痛たたたっ...」
父「そんなことでどうするんだ!(声をあらげて息子の肩をつかむ)」
息子「ほっといてくれよ(父の手をふりほどく)」
父「学校にいくのがおまえの仕事だ。わがままは許さん!...なんだ、その目は!」
娘「(すでに泣き止んでいたが、急に再びうつろな眼差しで、壁を指さしながら)あそこに死んだおじいちゃんがいる」
父「(ぎくりとして壁を見るが、なにもありはしない)だれもいないじゃ...」
母「(娘の頬に手をかける、ピシャ!という音)変なことを言うもんじゃありません!」
娘「(母にぶたれて泣き始める)」
父「(妻の方をふりかえって)どうしてすぐに手を出すんだ。おまえは」
母「私の好きなようにやらせてください!あなたの指図はうけません」
父「なんだと。おれはおまえの主人だぞ」
母「立派なご主人様だこと」
父「(怒声になり)なんだその口の利き方は!もう一度いってみろ!...なんだその目は!」
息子「(急に腹をおさえて)痛たたたたっ...」
父「どうしたんだ。いったい!」
息子「やっぱり学校行きたくない...」
父「根性のないことを言うなよ。男だろうが」
息子「うるさい」
父「なんだと。それが親に向かって言う言葉か。...なんだその目は!」
娘「(うつろな目で....)」
読者は、もうお気づきのことと思う。上記の家族成員間の相互作用には、かなりがんこなリミットサイクルが観察される。すなわち、特定の二者の間に、ある一定以上の緊張状態が生じると、かならず第三者が中に割って入り、緊張緩和の役割を果たす2)というパターンが繰り返し再現されているのである。
対人相互作用系の病理性とカオス
健康な心臓の鼓動には不規則なゆらぎが見られるという。一方、心臓発作の起こる直前の鼓動は、メトロノームのように正確な周期であるという5)。Goldbergerら6)は健常者と心臓疾患者の心電図の波形のスペクトル成分について検討した。すると、ある種の心臓疾患者の心拍にはメトロノームのような一定のリズムか、あるいは心拍のゆらぎが極めて規則的であることが観察された。これに対して、健常者の心拍波形のスペクトル成分とその強度は、1/fの関係で、幅広く分布することを示した。これは、健常者の心拍波形がカオス的なゆらぎによって特徴づけられることを示唆するものである5)7)。
一方、Babloyantzは健常者の脳波と、てんかん患者のけいれん時の脳波のゆらぎを比較した8)。その結果、どちらの脳波からも、カオス性を見いだすことができた。しかし、健常者の脳波はより複雑なゆらぎを示し、アトラクタの構造をとらえるにはより高い次元(約4次元)が必要であった。これに対して、てんかんけいれん時の脳波に見られるカオス性は、そのアトラクタの次元が低位(約2次元)であった。てんかんけいれん時のアトラクタは、より単純な構造をしていたのである5)。
心電図や脳波のゆらぎに関する研究は、健康な生活体にとっては、カオス的なゆらぎこそが健康の指標であるという視点を与える9)。波形のスペクトル成分が単純であればあるほど、外界からの干渉の影響を受けやすくなる。逆に、波形が豊富な周波数成分を含み、しかもそのリズムが複雑にゆらげばゆらぐほど、むしろ生体は、外界からの干渉を打ち消すことができ、変化に対してより柔軟に対応できるのではないか7)。
ところで、心拍や脳波は心理的なプロセスの指標ともみなすことができる。その意味で、心理的な治療は、精神内界におけるある種フラクタルなゆらぎを、低位な状態から、より複雑なものへと高める操作をおこなっていると考えられる。たとえばRedingtonとReidbord10)は、不安神経症患者に精神分析的面接を行い、その際の患者の心拍のゆらぎを測定した。すると面接開始期には、面接に対する予期不安から緊張感が高まり、アトラクタはもっとも単純な構造を示した。しかし、面接の展開期にはバイファケーションが観察された。そして、面接の終結期にはアトラクタの次元がより高くなり、カオス性の高いゆらぎが観察された。患者はリラックスして面接を終えていたのである。
心理的なプロセスは、精神内界に閉鎖されてはない。システム家族療法家は、ある意味で、精神内界におけるプロセスと対人相互作用プロセスは密接に関連すると考える。対人相互作用はノンリニアな力学系として考えることができる。もし私の言うことに対して、あなたが100%応じてくれるならば対話の必要はない。けれども、私の言うことに、あなたが注文をつけ、その注文に応じて私が言うことを改め、またそれにあなたが注文をつけ、といったプロセスを繰り返してゆくうちに、当初は予想もつかなかった方向に会話は展開してゆく。
そもそも、このようにノンリニアなプロセスである会話の流れは、なぜ可能なのだろうか? たとえば、二人の話し手が同時にしゃべりだしたり、あるいは逆に二人ともが聞き手にまわるという事態はほとんど生じない。一方が話し終わってから他方が話し始める。このような会話の順序どり(turn-taking)が生じる背後には、驚くべきほどの規則性が見いだせる。しかもそのような秩序は、なんらかのルールがアプリオリに存在し、それに人々が従っているからではない。むしろ、会話のなかでは、一瞬一瞬の相互交渉から、秩序が即興的に創造され、そして消費されているのである11)。
おざなりな会話とはどのようなものか?それはつまるところ、その場面で暗黙に予想されるような応答(preferred responses)に終始することで、構造的により単純な会話の秩序に依拠し、また発話の階層性12)の低い場合である。従って意外な展開(dispreferred responses)もなく、表層的で、会話はかなりの程度予測可能である13)。
本論のはじめに紹介したように、専門的な援助を求めてクリニックを訪れる夫婦あるいは家族成員間の相互作用には、極めて特徴的な規則性が見られる。すなわち問題とみなされていることに対する解決策が、かえって問題を維持させることになるという問題維持連鎖である。このような相互作用では、対話がいくら進展しても当事者は同じような連鎖パターンを周期的に繰り返すことが多い。システム的な観点に立つ臨床家は、この事実に立脚して、個人や夫婦、あるいは家族という相互作用システムのアセスメントを行い、プロセスのバイファケーションを考えるのである14)。
夫婦相互作用分析
「問題維持連鎖」は、臨床の場における発見であった。一方、このような現象を実証科学的な方法によって解明するという作業は1960年代からはじまり、70年代の後半から80年代にかけて、いくつかの成果が公表されるようになった15)16)17)。たとえばGottman15)は、感情の互酬性(reciprocity)に注目した。彼は、結婚満足度の高い夫婦14組と満足度の低い夫婦14組について、感情の互酬性を比較した。そのために両方の夫婦に、たがいの意見の不一致について解決を促すような課題を与えた。その際の夫婦相互作用プロセスをマルコフモデルを用いて分析した。すると、結婚満足度の低い夫婦では、否定的な感情の応酬が長いサイクル予測できた。さらに、肯定的な感情についても、むしろ結婚満足度の低い夫婦の方が、互酬性がより長いサイクル続いた。結婚満足度の低い夫婦では、相手が多少とも嫌なことをいうと、そのことが後々まで尾を引く。また、何か肯定的なことをいわれると、他人行儀の義理堅さですぐにお返しをくりかえすことが示唆されたのである。
夫婦や家族相互作用の分析は、会話の流れから発話のひとつひとつをとりだし、あらかじめ用意した発話意図カテゴリーに従ってカテゴライズすることから始まる。たとえば、夫婦相互作用分析ではポピュラーなGottmanの発話カテゴリーの分類15)を見てみよう。発話は話者や発話意図、およびそれに伴う感情の三つの階層から分類される。たとえば話者は夫(husband, H)あるいは妻(wife, W)にコード化される。発話意図の内容には、同意(agreement, AG)、反対(disagreement, DG)、会話の進め方に関するコメント(communication talk, CT)、読心(mindreading, MR)、問題解決(proposing a solution to a problem or information exchange, PS)、相手の発言の要約(summarizing other, SO)、自己の発言の要約(summarizing self, SS)、問題意識の表明(problem information or feelings about a problem, PF)の八種がある。このような意図内容は、肯定的(+)、否定的(-)、あるいは中立的(0)のいずれかの感情で発話される。カテゴリー化によって、夫婦の会話はカテゴリーの系列として再表現される。
一連の夫婦の会話のカテゴリー系列に少しの工夫を施すと、便宜的に多肢選択データの形式に変形することができる17)。たとえばひとつの方法は、言語学における談話分析(discourse analysis)の知見18)に基づき、オリジナル系列のなかに論理的な切れ目を探り、もともとの系列を談話エピソードの単位に分解することである。たとえばこの方法を使えば、談話系列は表1のように再表現されるかもしれない。この表の各行は、それぞれの分解された談話エピソード単位の発話系列である。
表1:発話カテゴリー系列を多肢選択型データに変形する方法
起点 |
Lag1 |
Lag2 |
H;PF;- |
W;MR;- |
H;DG;- |
W;PS;- |
H;PS;- |
W;DG;- |
H;PF;- |
W;PF:- |
|
上記の方法で変形されたデータは、各列が質問項目、各行がそれに対する各被験者の応答という多肢選択データの形式と等しくなる。多肢選択データの数量化技法は、林の数量化III類19)、双対尺度法20)、あるいはanalyse des correspondances21)22)などと呼ばれる。この技法は、多肢選択の回答に見られる応答のすじ(パターン)を探る方法といえる。つまり数量化の技法を用いれば、どのような反応の選択肢が特徴的な反応パターンを構成するのかが、各選択肢に付与される重みの親近性を手がかりとして明らかにできる。
発話カテゴリーが数量化(尺度化)できれば、発話カテゴリーの重みをもとに、談話エピソードの単位で発話系列の平均得点を求め、面接プロセス中の時系列的変化を探ることができる。今回、筆者は小論のために、松下電器産業中央研究所知的エレクトロニクスグループの協力を得て、談話エピソード得点の時系列変化のカオス性を、試みに解析23)してみた。分析の対象は、夫の飲酒問題を主訴としてシステム夫婦療法を受ける夫婦の相互作用データ17)24)-28)の一部である。すると、カウンセリングの結果夫婦関係が好転したカップルの中には、開始期と比べて終結期では、談話エピソード得点の上下動のゆらぎにより高いカオス性を示唆するケースが見られたのである(表2参照)。なお、この結果は、データ数が極めて少数のために、あくまでも示唆的なものでしかないことをあらかじめ断っておく。
表2:ある夫婦の相互作用データに見られるカオス性の試験的な解析の結果
相関次元 |
最大リアプノフ指数 |
|||
治療開始期 |
治療終結期 |
治療開始期 |
治療終結期 |
|
約4~5次元 |
約4次元 |
.295 |
.544 |
図2は、今回分析をおこなった夫婦の談話エピソード得点の時系列変化を、事象tとt+1からなる一種の相空間に描いたもの(first-return map)である。なお、談話エピソード得点は、マイナスであればあるほど病理的(治療前期的)、プラスであればあるほど健康的(治療後期的)相互作用パターンであったことをしめす。一見して、治療前期では病理的領域で相互作用が行われたことが計量されている。一方、治療後期は相互作用全体がより健康な領域へと移動している。
これらふたつの相空間図から、治療開始期と後期の相互作用のゆらぎの程度を比較してみよう。すると、治療開始期では、y=xの軸を中心にして、より周期的な振動が観察される。これに対して、治療後期では、y=xの軸をはさんだ上下の振動は、より不安定でゆらぎの幅は大きくなっている。
次に、ふたつの時期の相互作用データに対して、試験的にカオス性の解析を行った。すると、両データとも相関次元を推定することができた。また、最大リアプノフ指数は、両時期とも正であった。したがって両データともカオス性を予想させる。そこで、両データのカオス性の程度を、最大リアプノフ指数を手がかりに比較してみた。すると、治療前期(.295)と比べて、治療後期(.544)では、明らかにリアプノフ指数が増加していた。治療後期における相互作用には、より複雑な構造のアトラクタが示唆されたのである。
結論として、カオス性解析の結果は、相空間図の比較から導かれる直感と矛盾するものではなかった。臨床的に考えると、治療開始期では問題維持連鎖が見られるために談話の展開のゆらぎの程度が低く、特定の談話パターンに固執していた。一方治療終結期では、より柔軟で即興的な会話の秩序が生み出された。そして、一つのパターンにとどまらず、あるパターンから別のパターンへと、談話の展開のゆらぎの程度が高まった。つまり、相互作用のカオス性が高まったのである。以上のような解釈が、このデータから可能かもしれない。しかしながら、より確定的なことがいえるためには、データ数を増やし、また解析をより多数の夫婦で試みる必要があるだろう。
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図2:談話エピソード得点の変化の相空間図
(治療開始期・治療終結期)
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なにが対人相互作用系のカオス性を高めるのか?
Schiffら3)は、ラットの脳の切片を利用した神経網を特殊な溶液にひたし、特定の部位間の電流を測定した。実験のひとつでは、安定した周期でパルスを発している脳の切片に、外部からタイミングよく電気刺激を与えることで、カオス状態を引き出すこと(カオス反制御)に成功した。これは、将来的には脳にペースメーカーを埋め込むことにより、てんかん発作を予防する可能性をも示唆する研究である。
夫婦・家族療法は安定した問題維持のサイクルに働きかけて、夫婦相互作用のカオス性を高めると考えられる。すなわち一種のカオス反制御をおこなうと解釈できるのである。それでは、どのような具体的なはたらきかけが、相互作用のゆらぎを導きだすのだろう。
システム夫婦・家族療法家は、家族成員間の相互作用に見られるノンリニアな循環過程に注目する。それをいかに断ち切るかには、大きく三つの技法がある。家族内の典型的な問題維持連鎖では、ある二者間の相互作用によって緊張が高まったときに、第三者がそれに介入することで、緊張を緩和し、システムの維持をはかろうとする。そこで、ひとつの治療技法は、第三者に緊張緩和の役割をとらさないようにすることである。たとえば、連鎖の一部を断ち切ったり、あるいはあらたな連鎖の経路を促進したりする。あえて緊張状態を高め、これを利用して、問題維持連鎖を断つという方法である。これを家族療法では構造派的処方と呼ぶ。
岩のまわりを流れる川の水をたとえに使ってみよう。水の流れがおだやかであるなら、水のふるまいは明快に記述し、予測することができる。しかし流量がしだいに増してくると、うずが巻き始める。こうなると、水のふるまいは予測不能なカオス状態となる7)。
構造派の夫婦・家族療法家がとる技法は、夫婦相互作用にともなう緊張状態にかかるパラメター量を一気に高めることによって、カオス状態を引き出すものと解釈できる。
ふたつめの技法は、治療的逆説29)である。これは治療者の側から、家族を混乱状態に導くような指示を与えることで、安定したサイクルに一種のショックを与える技法である。治療的逆説は、初期の戦略派家族療法の代名詞ともなった技法である。たとえば問題とする症状をあえて続けるように処方したり、「あなたたちは変化してはいけない」という指示を与えるのが、その代表例である。家族は自分たちが、外からの干渉を排して、安定してくり返してきたまさにそのパターンを、続けるようにと指示される。
カオス的なゆらぎには、安定な方向へ向かう性質と不安定な方向へ向かう性質の二種が同居している。したがって、カオス的なゆらぎの周期軌道は、馬の背にのせるサドル型の形状となる30)。「外部からの影響を受けずに、安定的な周期軌道をとりなさい」という指示を、外部から与えれば矛盾が生ずる。相互作用が安定的な周期点を通過する、まさにその瞬間に、家族は混乱に陥るのである。治療的逆説による混乱が十分な大きさであれば、安定していた周期軌道をサドルの背からつきおとす効果を持ちうる。一瞬にして、ゆらぎの不安定性が発生するのである。
みっつめの技法は、たとえば問題維持連鎖における第三者の緊張緩和的介入をとらえて、これが「特定の二者関係が壊れないように互いに守りあっている。細心のバランスがうかがえます。本当にやさしい家族です」2)と、家族の相互作用状況に肯定的な意味を見いだし、認識の枠組みを変える技法である。これを、家族療法家はメタポジションから、状況を再構築する作業31)と呼ぶ。現実の再構成は、治療的逆説とあわせて、戦略派(最近では短期派とも呼ばれる)家族療法が好んでとる処方である。
現実の再構成技法は、逆説とは別の方法によってカオス状態を引きだすように思える。それは、当該の力学系のパラメターの数をふやす方法である7)。不思議の国にまぎれこんだアリスを思い出して頂きたい。王と女王に追いつめられたアリスが「そうなことを言っても、あなたたちはただのトランプじゃないの!」といった瞬間に、トランプの王国はあっという間に崩壊してしまった。
現実をメタポジションから再構成することによって、現象はより次元数の高い空間に射像される。その結果、状況の再構築が可能となる。つまり、問題とされる状況を、今までよりは高次な空間に写像することにより、リミットサイクルとみなされていた現象に、新たなパラメターを付加するのである。そして、このようなパラメターのささいな変化から、力学系にカオス状態を誘発するのである。
パラメターの量を高める。サドル型周期点でタイミングよくショックをあたえる。あるいは、パラメターの数をふやす。もっともたやすくカオス性を生みだせるのはどの方法かについて判断しながら、臨床家は技法を選択する。むろんそれ以外に、治療者の得手・不得手や訓練、経験によっても左右されはするだろうけれど。
小論は、心拍や脳波のゆらぎ、あるいはその反制御に関する調査に触発されて、生体のカオス性を健康状態の源泉として考える視点から、対人相互作用系への治療法であるシステム夫婦・家族療法の意味について考えた。最後に、もう一言つけ加えるなら、ある種の呼吸疾患の場合には、むしろカオス性こそが力学系の病理のあらわれと解釈できるという7)。たとえば不登校児や生徒をかかえる家族では、カオス性が常態となり、家族内で行動の予測が不能となっているような事例も、しばしば経験する32)。
夫婦や家族相互作用系とカオスの問題には、カオスの制御と反制御という更に統合的な視点からの検討が必要なのかもしれない。
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