「被災後の家族関係および市民性の変化と、現在のストレスや生活の復興に与える影響」林春男・立木茂雄『震災後の居住地の変化と暮らしの実状に関する調査調査結果報告書』京都大学防災研究所、1999年9月


(以下は、『震災後の居住地の変化と暮らしの実状に関する調査調査結果報告書』からの抜粋である)

4.被災後の家族関係の変化と、現在のストレスや生活の復興に与える影響
1) 家族関係の全般的な変化
 被災後の家族関係の変化について調べるために、本調査では家族システム評価尺度(FACESKGIV−16)を利用し、震災から2〜4日後、2ヶ月後、半年後における家族関係のあり様をたずねた。家族システム評価尺度は、家族システム円環モデルに基づいており、家族関係の機能度を「きずな」と「かじとり」という二つの側面から調べる。きずなとは、家族成員間の心理的・社会的な距離を指す。一方かじとりとは、家族内のリーダーシップや役割関係、決まりなどを状況の変化に応じて変化させる柔軟性を意味している。円環モデルによれば、通常の社会生活では「きずな」・「かじとり」ともに中庸でバランスが取れた場合に、家族関係の機能度が最も高まると想定する。逆に、いずれの側面でも、「極めて低すぎる」か、あるいは逆に「極めて高すぎる」場合には、家族成員を支える力が弱まると考える。一方、危機的な状況下では、家族は困難な事態を乗り切るために一時的に極端に近い形態を取ることも、併せて知られている。

 図4−1および図4−2の箱ヒゲ図は、縦軸にそれぞれ家族のきずな(図4−1)とかじとり(図4−2)の得点を示し、横軸には震災後の時間の節目を示している。つまり両図は、きずな・かじとりが、震災後2〜4日(100時間)から、2ヶ月(1,000時間)、そして半年後の時点へとどのように変化したかについて、全体の回答者の傾向を示すものである。
箱ヒゲ図は、分布の位置について要約的な情報を与える手段である。図は、箱の部分とヒゲの部分から成り立っているが、箱の底辺は分布の25パーセント目にあたる値を、箱の上辺は分布の75パーセント目の値を示している。一方、箱の中間に引かれた線(二つの*印の間に引かれた線)は分布の50パーセント目の値(中央値)を示している。次に、箱の上辺(75パーセンタイル値)から底辺(25パーセンタイル値)までの距離(両パーセンタイル値の差)を中央散布度hと呼び、箱の上下両方から1.5h分以内の距離にある観測値は分布の一部と見なすのが経験則となっている。なお、箱中にある+印は分布の平均値の位置を示している。
 箱ヒゲ図の分析からは、家族関係について震災直後(2〜4日目)における家族関係が、2ヶ月、そして半年と時間が経つにつれて日常的な家族関係に戻っていった様が観察された。家族のきずなについて中央値の変化を追うと、震災直後には全体の半数以上の家族ではきずなが「かなり高い」状態であったことがわかる。しかし2ヶ月、半年と時間が経過するにつれてきずなは全体として下がる傾向にあったことがわかる。すなわち、震災直後には被災者家族は、家族間の成員の物理的・心理的距離を縮めて緊密化・一体化する傾向を高め、きずなは「かなり高い」状態であったが、2ヶ月目にはその傾向はやや低下し、さらに半年後には中央値で1ポイント分低減した。これは半年後には、成員個々の自立性や個別性への配慮が戻り、家族への一体感と同時に成員個々の個別性の尊重にもバランスよい配慮が重視されるようになったことを物語るものである。
 成員間のリーダーシップや役割関係の柔軟さを示す家族のかじとりについては、震災直後の2〜4日後には、中央値がマイナスであり、かじとりが「低い」と判定される領域にあった。この時点では、家族リーダー主導型の明快なリーダーシップ構造が重視されたことがわかる。中央値の変化で見ると、2〜4日目の−2ポイントから、2ヶ月目、半年目になると中央値は0の位置にまで、2ポイントも柔軟性が回復していた。これは、2ヶ月目以降になると、確固としてリーダーシップ構造から、成員個々の意志を尊重するより民主的なリーダーシップスタイルに家族関係が戻ったことを物語っている。

2) 震災から3〜4日、2ヶ月、半年後の家族のきずなと現在のストレス度・生活復興度の関係
今回の調査では、問34から現在のこころとからだに現れたストレス症状をたずねている。この回答を得点化して現在のストレス度を求め、震災後の各時点における家族のきずなの水準と回答者の現在のストレス状態について関連性を検討した。その結果が以下の図4−3、図4−4、図4−5である。それぞれ2〜4日後、2ヶ月後、半年後における家族のきずなの水準と現時点における回答者のストレス度との関係を調べたものである。それぞれの図の横軸はきずなの水準を表し、左から右に家族のきずなが極めて低い(バラバラ)、中庸ではあるがやや低め(サラリ)、中庸ではあるがやや高め(ピッタリ)、そして極めて高い(ベッタリ)の順になっている。縦軸は、どの図も現在のストレス症状の得点を示し、高得点ほど高ストレス状態であることを意味している。

図4−3:震災から2〜4日後の家族のきずなと現在のストレス度 図4−4:震災から2ヶ月後の家族のきずなと現在のストレス度 図4−5:震災6ヶ月後の家族のきずなと現在のストレス度

 震災から2〜4日後(図4−3)を見ると、きずなの水準が高ければ高いほど、現在のストレス得点が低い傾向にあることがわかる。震災直後には、家族成員間の緊密さを高めることのできた家族ほど、うまく家族成員のストレスを対処できたことを物語るものである。これに対して2ヶ月後(図4−4)では、きずなが極端に低いバラバラ状態(左端の箱ヒゲ)ではストレス症状得点が同様に高い。しかしサラリから上の水準では、きずなが高まれば高まるほどストレス得点が下がる傾向は弱まっている。そして半年後のきずなと現在のストレス症状の関係(図4−5)を見ると、きずなが極端に低い場合には現在のストレス症状が高いが(図左端)、同時にきずなが極端に高い場合でもストレス症状が高まる(図右端)傾向が現れる。つまり、家族のきずなは極端に低すぎても、あるいは逆に極端に高すぎても成員のストレス症状を和らげる力が弱まるという家族システム円環モデルの仮説どおりの結果が得られた。

図4−6:震災から2〜4日後の家族のきずなと現在の生活復興度 図4−7:震災から2ヶ月後の家族のきずなと現在の生活復興度 図4−8:6ヶ月後の家族のきずなと現在の生活復興度

 ストレス症状と合わせて今回の調査では、生活の復興状態(問35)や現在の生活満足度(問36)をたずねている。これら2問の回答を合算して現在の生活復興度を得点化し、震災後各時点での家族のきずなとの関連性について検討した。その結果が図4−6、図4−7,図4−8である。これらの各図では、現在の生活復興度得点を縦軸に取り、横軸はそれぞれ2〜4日後、2ヶ月後、半年後の家族のきずな水準を示したものである。震災直後の2〜4日後(図4−6)では、家族のきずな高まれば高まる程直線的に現在の生活復興度が高いという傾向が見て取れる。しかし、すでに2ヶ月後(図4−7)では、きずなが極端に高いベッタリ状態(右端)では、生活復興度が低下することが示されている。同様のことは、震災から半年後(図4−8)にも認められる。
 震災直後の危機的な状況では、家族は出来る限りきずなを高めることによって緊急事態の対処を行った。しかし震災から半年後では、通常の家族関係に復帰した家族の方が成員を支える力が高かった。つまり、きずなが中庸であればあるほど成員のストレスを緩和し、生活復興度を高めていたのである。

2)震災から3〜4日、2ヶ月、半年後の家族のかじとりと現在のストレス度・生活復興度の関係
震災後の各時点における家族のかじとりの水準と回答者の現在のストレス状態について調べたのが以下の図4−9、図4−10、図4−11である。それぞれ2〜4日後、2ヶ月後、半年後における家族のかじとりの水準と現時点における回答者のストレス症状との関係を調べたものである。それぞれの図の横軸はかじとりの水準を表し、左から右に家族のかじとりが極めて低い(融通なし)、中庸ではあるがやや低め(キッチリ)、中庸ではあるがやや高め(柔軟)、そして極めて高い(てんやわんや)の順に並べている。縦軸は、どの図も現在のストレス得点を示している。

図4−9:震災から2〜4日後の家族のかじとりと現在のストレス度 図4−10:震災から2ヶ月後の家族のかじとりと現在のストレス度 図4−11:震災6ヶ月後の家族のかじとりと現在のス

 震災から2〜4日後(図4−9)を見ると、かじとりの水準が低いほど、現在のストレス症状得点が低い傾向にあることがわかる。震災直後には、明快なリーダーシップを発揮して問題に対処することのできた家族ほど、うまく家族成員のストレスを緩和できたことを物語るものである。これに対して2ヶ月後(図4−10)では、かじとりが極端に低い融通なし状態(左端の箱ヒゲ)はストレス症状得点が低い一方で、「キッチリ」・「柔軟」・「てんやわんや」の3水準では、かじとりが「柔軟」な場合にストレス水準が最も低く、その両側ではストレスが高まる傾向が現れる。そして半年後のかじとりと現在のストレス症状の関係(図4−11)を見ると、かじとりが中庸で「柔軟」な場合に、ストレス水準が最も低く、一方中庸から左右いずれかの方向に離れると現在のストレス症状が高まる傾向が認められた。
 緊急時には融通がなくても明快なリーダーシップ構造が発揮できた家族では困難な事態に対処でき、一方日常に復帰すれば中庸なかじとりが適応的であるという関係は、家族のかじとりと成員の現在の生活復興度との関連性でより明瞭に認められた。図4−12、図4−13,図4−14は、現在の生活復興度を縦軸に取り、横軸はそれぞれ2〜4日後、2ヶ月後、半年後の家族のかじとり水準を示したものである。震災直後の2〜4日後(図4−12)では、家族のかじとり高まれば高まる程直線的に現在の生活復興度が高いという傾向が見て取れる。しかし、すでに2ヶ月後(図4−13)では、かじとりが極端に高いベッタリ状態(右端)では、生活復興度が低下することが示されている。同様のことは、震災から半年後(図4−14)にも認められる。つまり、家族のかじとりは極端に低すぎても、あるいは逆に極端に高すぎても家族機能度が下がるという家族システム円環モデルの仮説どおりの結果が得られた。

図4−12:震災から2〜4日後の家族のかじとりと現在の生活復興度 図4−13:震災から2ヶ月後の家族のかじとりと現在の生活復興度図4−14:震災6ヶ月後の家族のかじとりと現在の生活復興度

 震災直後の危機的な状況では、家族は出来る限りかじとりを低めることによって緊急事態の対処を行った。しかし震災から半年後では、通常の家族関係に復帰した家族の方が成員を支える力が高かった。つまり、かじとりが中庸であればあるほど成員のストレスを緩和し、生活復興度を高めていたのである。

4)まとめ
 震災から3〜4日後では、家族成員間の心理的距離が高く(きずな高)、家長主導型の融通ない厳格なリーダーシップ構造(かじとり低)であった家族は、現在のストレス度が低く、逆に生活復興度が高い傾向にある。
 一方、震災から半年が経過した時点では、きずなが依然として高水準を維持する場合には、むしろストレス度が高く、かじとりも家長による厳格なリーダーシップ構造が維持された場合には、現在の高ストレス・低適応と関連することが明らかになった。
 震災から半年が経過した時点で、家族関係の緊急対応的な措置は終了した。そして平時の家族関係が回復している家族ほど、家族成員のストレスを和らげ、生活復興を促進する力を与えていたことが明らかになった。

6.市民性は自律と連帯−市民意識の基本軸−
1)市民意識の基本軸
 市民意識を決定する基本軸をさぐるために、社会生活に関する回答者の態度や信条について20問の質問を行った。各設問では、社会生活において「連帯や協調」を重視するか、それとも「非連帯・自分本位」を重視するか、あるいは行動の基準として「内発的行動基準(自律)」を重視するか、それとも「他者による行動の評価」を重視するのかのいずれかの選択を求めた。これら二つの判断基準の軸は、今回の調査のために討議を進めるなかで理論的に練り上げた仮説的概念である。
 回答者は、震災前の態度と現在の態度と二通りの回答を行ったが、これら震災前および現在の市民意識に関する回答に存在する回答パターンを明らかにするためにコレスポンデンス分析を実施した。その結果、市民意識を決定する軸として、「連帯・協調」対「非連帯」軸と、「内発的行動基準重視(自律)」対「他者評価重視」軸の二軸によって回答が分類されることが実証された(図6−1:市民意識のコレスポンデンス分析結果参照)。
 すなわち市民意識をさぐる上で、「自律」を重視するか否かの対立軸と、「連帯」を重視するか否かの対立軸という二つの軸は、理論的面および実証データ面からもその妥当性が支持される結果となった。これらの二つの軸を用いると、市民意識に関する回答項目は、「わがまま」、「確信犯的ホンネ主義」、「秩序・タテマエへの同調」、「市民性」という四つのグループに分類されることが判った。以下、各回答群について簡単に説明する。
第一は「わがまま」回答群である。これは、行動の基準を「他者評価」に求め、かつ「自分本位」を重視する態度であり、コレスポンデンス分析結果の右上の象限に布置した。具体的な項目としては、「他人の権利よりは自分の権利が大事」、「まずいことは他人のせいにする」、「講演会でおしゃべりをすることがある」、「自分がえこひいきされるのはかまわない」などの項目が含まれている。
 第二は「確信犯的ホンネ主義」回答群である。これは、「内発的行動基準」に基づいて自律的にふるまうが、その際に「非連帯・自分本位」を重視するという態度であり、コレスポンデンス分析では右下の象限に布置した。具体的な項目としては、「約束はうやむやにすることがある」、「決まったことでも不便なことは守らない」、「実情に則さない法律は守らなくてよい」、「苦労はなるだけ避ける」などの回答によって特徴づけられる。
 第三は「秩序・タテマエへの同調」回答群である。これは、ちょうど「確信犯的ホンネ主義」と対照的な態度であり、行動基準は「他者評価」であり、その他者との「連帯・協調」を重視する。コレスポンデンス分析の結果でも、「確信犯的ホンネ主義」(右下象限)とは対極的な位置(左上の象限)に布置した。具体的な項目としては、「方便でもうそはいやだ」、「自分で決めたことは最後まで守る」、「そこで決まったことは不服でも守る」といった秩序追従型の回答によって特徴づけられる。
 第四が「市民性」回答群である。これは、「内発的行動基準(自律)」に基づく「連帯・協調」によって特徴づけられる。すなわち、市民性は「自律と連帯」という二つの特質を兼ね備えるものであることが明らかになった。ここで言う市民性とは英語のcivic-mindednessに相当する概念であり、具体的には自律および連帯に関する以下のような項目から測定される。

自律項目
l しあわせなことが立て続けに起こると、この幸運に酔っていけないと心を引き締める。
l たとえ欲しいものがあっても、他人からひんしゅくを買うような行いはつつしむ方だ。
l 街を歩いていて不快な目にあったら、イライラせずに気持ちを抑えようとする方だ。
l 自分の欲求をかなえるときも、バランス感覚が大切だ。
l 身のまわりのことには、ある程度気を使う方だ。
l 約束は、できるだけ守るようにしている。
連帯項目
l 地域のみんなが困っていることがある時、みんなで考えることで解決の糸口が見えると思う。
l 他人の権利を侵さないように気をかける方だ。
l 講演会や地域の集まりに参加したとき、話し手に耳を傾けるのが礼儀だと思う。
l わたしは、自分がしてほしくないことは、他人にもしない。
l わたしは用事があれば、近所の人にも、自分からきっかけを作って話しかける方だ。
l 何かまずいことが起こったら、その責任は自分で負う方だ。

2)震災前後での市民性(自律・連帯)の変化
 本調査では、震災前と現在との二つの時点における市民意識を回答者にたずねている。そこで、震災前と現在とで市民意識に変化があるかどうかを調べてみた。具体的には、市民生活に対する四つの態度群に対応する項目について、「はい」と答えた場合に1点を加算するという形で、1)「わがまま」度、2)「確信犯的ホンネ主義度」、3)「秩序・タテマエへの同調」度、4)「市民性」度それぞれの得点を求めた。それぞれの態度について、震災前の得点と現在の得点の変化を比較したところ、唯一4)「市民性」度得点にのみ、統計的に意味のある変化が確認された。すなわち、市民性を構成する「自律」得点および「連帯」得点のどちらについても、回答者は震災前と比べて現在の方が得点が高いという結果が得られたのである。これは、震災体験を機に、阪神間市民の自律や連帯に根ざした市民性が高まったことを指し示すものと考えられる。

図6−2:震災前後での自律度の変化 図6−3:震災前後での連帯度の変化

3)市民性が個人の生活復興に与える影響:震災前および震災後の市民性と生活復興度との関係

 最後に、震災前および震災後の市民性と震災からの個人生活の復興度との関係について検討を行った。具体的には、自律度と連帯度の合計得点を、回答者の市民性得点とし、その得点が上位50%に含まれる場合を高市民性、下位50%に含まれる場合を低市民性と分類した。そしてその上で、高および低市民性群における生活復興度得点を比較した。生活復興度は、現在の生活復興度(問35)と生活満足度(問36)に対する回答をもとに求めたものである。
その結果、震災からの個人生活の復興度と市民性との関係を調べると、市民性得点が高いほど現在の生活の適応度・復興度が高いことが示された。これは、市民性意識は個人レベルにおける生活復興や再建感覚に影響を与えるということを示すものである。


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