『仕事と子育ての両立に関する企業及び従業員調査』神戸市市民局生活文化部男女共同参画課・同志社大学文学部立木研究室(2002年3月)


U調査結果のまとめ及び提言


1.目的

本調査は、企業や事業所で働く女性の立場を把握するとともに、@男女ともに仕事も子育ても両立できる社会を目指す施策づくりや、A雇用の分野の男女平等の推進、B子育てや介護に関する環境整備の基礎資料づくり、などを目的とした。

2.調査の概要

 本調査は、当事者ワークショップ(検討会)と女性経営者や企業人事管理職者へのグループインタビューにもとづく質的調査研究を前半部とする。当事者ワークショップは8回、グループインタビューは2回開催し、質的調査への参加者は計58名である。

質的調査から導き出された「仕事・子育ての両立」促進要因のそれぞれは、具体的な質問項目に直し、指標(ものさし)化して調査紙を設計し、神戸市内の事業所1033企業(31.6%にあたる328企業から有効回答)とその従業員3896名(23.9%にあたる943名から有効回答)へ実査した。この計量調査が本調査の後半部分である。

3.仕事と子育ての両立にとって大切な要因の仮説化

 当事者とのワークショップや女性経営者・管理職とのグループインタビューから得られた意見はすべて言語データとしてカード化した。その結果全体で1633枚の言語データカードが得られた。これらのカードについて整理・分類を行ったところ、仕事と子育ての両立にとって大切なものは以下の11の要因に分類されることがわかった。すなわち、@職場(職場環境、労組・勤務形態、人事考課)、A出産休暇・出産退社・再就職、B仕事の形態と仕事への意識、C保育、D家事・育児、E専業主婦への態度、F子育て、G地域、H固定性役割観、I介護、J夫婦別姓である。なお、各要因には鍵となるいくつかの下位概念が含まれており、下位概念のさらに下には、ワークショップやグループインタビューで採取されたカードがすべて格納されている。

 調査の後半部分では、それぞれの要因内の下位概念におさめられたカードを参考にしながら具体的な質問文を考案して下位概念の指標(ものさし)づくりを進めた。同時に、仕事と子育ての両立に関する先行調査を渉猟し、くらし方や家族関係に関する要因と年齢や職業など個人属性に関する要因を追加することにした。また概念として大きすぎた「職場」を、「職場環境」・「労組・勤務形態・休暇制度」・「人事考課」に3分割し、それぞれについて指標化作業を進めた。計量調査を通じて、仕事・子育ての両立に寄与するかどうかを検討した要因は、最終的に15要因となった。それらを列挙すると、@職場(職場環境)、A職場(労組・勤務形態)、B職場(人事考課)、C育児期後の再就職で大切なこと、D様々な働き方とその理由、E保育、F働きながらの家事・育児、G専業主婦への態度、H働きながらの子育てメリット・デメリット、I地域とのかかわり、J固定性役割観、K介護、L夫婦別姓、Mくらし・家族、N属性である。

表 ワークショップ・グループインタビューから導き出された「仕事と子育ての両立」促進要因と、社会調査に盛り込まれた促進要因との対応

ワークショップ等から導き出された要因

 

社会調査に盛り込まれた要因

@     職場    職場環境

労組・勤務形態

人事考課

@     職場(職場環境)

A     職場(労組・勤務形態・休暇制度)

B     職場(人事考課)

A出産休暇・出産退社・再就職

C育児期・後の(再)就職で大切なこと

B仕事の形態と仕事への意識

D様々な働き方とその理由

C保育

E保育

D家事・育児

F働きながらの家事・育児

E専業主婦への態度

G専業主婦への態度

F子育て

H働きながらの子育てメリット・デメリット

G地域

I地域とのかかわり

H固定性役割観

J固定性役割観

I介護

K介護

J夫婦別姓

L夫婦別姓

 

(追加)

Mくらし・家族

 

(追加)

N属性

4.「仕事と子育ての両立」志向の計量

 本調査では、「仕事と子育ての両立」志向を、「仕事に満足しているし、これからもずっと職業についていたい、仕事と子育ての両立にもメリットがあると思う」という意識・態度として指標化した。「仕事への満足感(働きがい)」は「情」をさぐるものであり、「ずっと働いていたい(就業継続意志)」は将来にむけての「意」にかかわり、「両立にはメリットがある(メリット認知)」は「知」に関するものである。これら「仕事と子育ての両立」に関する知情意3側面の指標を投網として用い、その中に両立志向を捕捉しよう試みた。

5.社会調査による調査仮説の検証

「仕事と子育ての両立」志向を左右するものとして15要因が仮説化された。実査を通じて、はたしてこの調査仮説が数字の上でも確認されるかどうかの検討を、多変量分散分析を用いて行った。その結果、「K介護」をのぞく残りの14要因に含まれる数値指標(ものさし)のそれぞれが「就業参画意識」を高めることが確認された。以下の図は、その結果を要約したものである。中央の三角形は「就業参画意識」を示しており、@働きがい、A就業継続意志、B仕事と子育ての両立のメリット認知という3つの指標をもとに測定される。これら3指標に対して、K介護を除くすべての要因(丸四角)に所属する数値指標が、それぞれ統計的に意味のある効果を有していた。なお、丸四角内には、効果が確認された具体的な数値指標と、その影響度の強さを示している。このうち***がつけられた指標については、その影響力が「極めて高い」ものであった(p<.001)。数値指標のほぼ半数の影響力が「極めて高い」と判定されたのは6要因あり、それらは、@職場(職場環境)、B職場(人事考課)、C育児期・後の再就職で大切なこと、D保育、H働きながらの子育てメリット・デメリット、J固定性役割観であった。

これら6要因に続くものとして、影響力が「かなり高い」(p<.01)と判定された数値指標を含むものが4要因あった。それらはA職場(労組・勤務形態・休暇制度)、I地域とのかかわり、L夫婦別姓、Mくらし・家族であった。

最後に、影響力は「無視できない」(p<.05)と判断された数値指標のみからなりたっていた要因には、D様々な働き方とその理由、F働きながらの家事・育児、G専業主婦への態度の3つがあった。

図 実査を通じて影響力が確認された「仕事と子育ての両立志向」(就業参画意識)を規定する要因と具体的指標(* p<.05  ** p<.01  *** p<.001

6.職場の人間関係の質は働きがいを高める決め手となっていた

 職場の人間関係の良さは、「意見が発言しやすい」・「フォローしたり、されたりする(ネットワーク力)」・「職場に満足」・「子育てに対する上司の理解」などの具体的な指標に基づくが、これらはどれも、回答者の「働きがい」得点を高めていた。

職場の人間関係の良さは、仕事と子育ての両立を可能にする要因として当事者ワークショップの場でまず第一にあげられたものである。これは「働くこと」そのものの志気(働きがいと就業継続意志)を高める効果をもっていた。つまり、女性にとって仕事と子育てを両立させやすい要因の筆頭にあげられた職場の良好な人間関係は、男性にとっても、未婚であっても、また既婚であっても、等しく当てはまる要因であった。

7.公平で平等な人事考課が行きわたった職場は仕事と子育ての両立志向を高めていた

 自分の職場では、「人事が平等で、女性従業員も公平に評価し、女性に責任ある仕事が任されている」と答えた回答者では、働きがいも就業継続意志も高いと同時に、仕事と子育ての両立にはメリットがあると感じる度合いも併せて高まっていた。さらに、企業が育児休暇や休業制度を通じて「有能な社員を辞めさせなくてもよいので企業にとってもメリットがあるはず」と感じていればいるほど、自分や自分の家族にとっても両立にはメリットがあると考える傾向が高かった。

 能力のある人には性別を問わず平等に評価し仕事が任されている。と同時に、男女それぞれの持ち味も公平に評価している。育児休暇・休業も企業がメリットを認めている。このような平等・公平志向の人事考課のあり方は、男女誰にとっても働きがいや働き続ける意向を高めると同時に、仕事と子育てを両立させることのメリット感も高める効果を持っていたのである。

8.仕事と子育ての両立に価値を見いだしている企業では、従業員の働きがいや両立メリット認知が高かった

 出産や育児に携わりながら、同時に仕事も続けている従業員には、他の従業員にはないプラスアルファの特質があり、それは企業活動にとってメリットであると、両立社員の価値を積極的に評価している企業では、従業員自身が仕事と子育てを両立させることにはメリットがあると考える度合いが高くなっていた。

9.保育所やファミリーサポート・サービスなどを「得」と思える人ほど仕事と子育ての両立志向が高かった

 保育所やファミリーサポート・サービスなどを利用しながら働きつづけることは、トータルに考えて自分にとって「得」であると思える人ほど、働きがい・就労継続意志・両立メリット認知得点のすべてが高く、「仕事も子育ても」といった両立志向型の人間であることがわかった。

10.働きながらの子育ては決して「損」ではないと思える人ほど仕事と子育ての両立志向が高かった

 働きながらの子育てについて、そのメリット面とデメリット面を比較した時に、デメリットすなわち「働きながらの子育てでは、子どもに申し訳ない」「物理的に大変」といった「損」の評価が低い人ほど、働きがい・就労継続意志・両立メリット認知得点のすべてにわたって高い得点となっていた。

11.母性神話・三歳児神話・良妻賢母神話から自由である人ほど仕事と子育ての両立志向が高かった

 「女性には生まれつき母性本能があるので子育ては生物学的に考えても女性の本務だ」(母性神話)、「子どもが3歳になるまでは心や脳の発達のためには母親が側にいてやらなければならない」(三歳児神話)、「女性にとっては家事や育児に専心することによって自己実現が得られる」(良妻賢母神話)などの考え方から自由である人ほど、働きがい・就労継続意志・両立メリット認知得点のほぼすべてにわたって高い得点となっていた。

 言い換えるなら、これらの神話3点セットこそ、子育て期の女性を労働市場から撤退させ、M字型の就労カーブを作り出してきた原因の一つであると考えてよいだろう。そして、そのような神話のしばりが少なければ少ないほど就労参画意志が高いことが数字の上でも実証された。

12.組合活動・地域の人間関係づくり・夫婦別姓支持も両立志向を側面支援していた

 就労参画意識を高める要因として、組合活動・地域の人間関係・夫婦別姓などへの態度も、両立志向にかなり高い影響力をもっていた。労組が女性のバックアップに熱心なこと、地域で「お互い様」と頼めるサポーターがいること、知らない人にも自分から話しかけることが苦にならないことなどは、仕事と子育てを両立させるときのサポーターを増やす上で有効な要因となるのかもしれない。同様の側面支援として夫婦別姓は、女性が一生仕事を続けていく上でメリットとなると考えることと関連していることが明らかとなった。

13.働く理由・家事や育児の協力・専業主婦への優遇措置への態度も両立志向に無視できない影響を与えていた

 仕事中心か家庭中心の就労かの決定や、家事・育児への家族の協力などは、仕事と子育ての両立志向に、極めて高い影響はないものの、かといってまったく無視はできない程度に意味のある影響要因となっていた。

 一方、働く女性とのワークショップでは、専業主婦に対する優遇措置に対して否定的な意見が出されたが、優遇措置に対して否定的であることと、両立志向との間には無視できない程度の関連性が認められた。

14.仕事と子育ての両立を支援する施策の方向性

「仕事と子育ての両立」志向に極めて大きな影響力を与えるものとして、6つの要因がクローズアップされた。それらは、@職場の人間関係、A人事考課、B仕事と子育てを両立させる従業員を雇用することの企業メリット、C保育サポート、D働きながらの子育てのデメリット認知が低い、E母性・三歳児・良妻賢母神話からの自由である。

@「仕事と子育ての両立」にフレンドリーな職場は、従業員の誰にとってもフレンドリーな職場であることを企業・事業者に広くアピールしよう

仕事と子育ての両立がしやすい職場の特徴として当事者が第一に語ったのは、「意見が発言しやすい」・「フォローしたり、されたりする」・「職場に満足感を感じている」・「子育てに対する上司の理解がある」などであった。計量調査の結果からは、これらの特徴が広く普及している職場は、仕事と子育ての両立を志向する従業員だけではなく、実は誰にとっても働きがいの高い職場であることが確認された。

仕事と子育ての両立に職場がフレンドリーになることは、とりもなおさず誰にとってもフレンドリーな職場内人間関係を目指すことにもなる点をアピールすることによって、両立支援が一部の当事者にだけ注がれるものではなく、従業員全般にとってメリットがある点を強調していくことができるだろう。

A人事考課の平等と公平を企業・事業者にアピールしよう

人事評価が性別によって異なったり、女性には責任ある仕事がまかされない職場は平等な人事考課が行われていない職場である。さらに、男女それぞれの持ち味を公平に評価せず、育児休暇や休業のメリットを認知しない企業では、男女誰にとっても働きがいや、働き続ける意志を削いでいることが今回の調査で明らかになった。

人事考課が男女年齢を問わず平等の基準で、しかもそれぞれの持ち味を公平に評価していくことは、単に仕事と子育ての両立を目指す従業員だけではなく、誰にとっても従業員の志気を高めることにつながることをアピールしていくことができるだろう。

B「仕事と家庭を両立させる従業員」を重用することの企業メリットをアピールしよう

出産や育児に携わりながら、同時に仕事も続けている従業員には、他の従業員にはないプラスアルファの価値がある。それは企業活動にとって大いなるメリットである。このような価値により多くの企業が目覚めることが、両立志向の従業員にとっては強力な追い風となる。そのような従業員のメリットを広く経営者や人事管理者にうったえることが大切である。そのための企業出前トークや講演会、パンフレット作成などは有効な手段となるだろう。

C保育所やファミリーサポート・サービスのベネフィット感をよりアピールさせよう

 保育所やファミリーサポート・サービスなどを利用しながら働きつづけることは、トータルに考えて自分にとって「得」であると思える人ほど、働きがい・就労継続意志・両立メリット認知得点のすべてが高かった。保育所やファミリーサポート・サービス利用者の「これを利用して良かった。得した」といった声を広く広報するなどは、有効な手段かもしれない。

 また、保育所やファミリーサポート・サービス従事者が、より自由に開設場所や時間帯を設定し、事業者自身がもっと積極的にサービスを利用者にアピールさせるようにすることもベネフィット感を高めるために有効となるだろう。

D働きながら子育てをすることが損ではないしくみを作っていこう

働きながらの子育ては、「子どもに申し訳ない」「物理的に大変」といった「損」の評価が低い人ほど就労参画意識が高かった。そこで、損ではないしくみを積極的に作っていくことや、「働いていつも子どもの側にいないことは、悪いことではない」といった点を広く広報・啓発する努力が必要となるだろう。

E母性・三歳児・良妻賢母の神話三点セットのしばりを解き放とう

働きながらの子育てを「申し訳ない」とおもう気持ちの由来は、「女性には生まれつき母性本能があるので子育ては生物学的に考えても女性の本務だ」(母性神話)、「子どもが3歳になるまでは心や脳の発達のためには母親が側にいてやらなければならない」(三歳児神話)、「女性にとっては家事や育児に専心することによって自己実現が得られる」(良妻賢母神話)といった社会的につくられた思いこみがある。これらが、社会的に作り上げられた過程を広く知らせ、決して事実に基づくものではないことを広報・啓発・教育していくことは、引き続き行政の大切な仕事である。